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12/24のツイートまとめ

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エルミタージュ展の画廊をゆったり歩きながら考えたことは、原稿に有機的に吸収する予定。ちなみに私がもし今回の全リストからたった一つだけ選ぶとすれば、それは間違いなくフラゴナール&ジェラール《盗まれた接吻》(1780年代末)だろう。革命前の最後の火遊び。 https://t.co/6NkWBTHndQ
12-24 10:51

ジョージ・シーガルの彫刻《ラッシュアワー》(1983)を近現代彫刻の中で構成した展示は初めて観たが、アメリカの大都市のごく平凡な通勤模様をフリーズさせることで逆説的に「絶滅」(R・ブラシエ)を示唆しているのかもしれない。あの靴音ひとつ立てない人々の奇怪さ、あるいは不気味さ。
12-24 10:42

松谷武判に感じたのは具象絵画による「対象」にフォーカスしたグロテスクではなく、あえて言えば「抽象的グロテスク」とも呼ぶべき色彩と量塊のみによる残酷さ。あらゆる過激さ、猥雑さを対象不在で描写する際、欠如は色彩と量塊に代替物を見出す。ベーコン、サヴィルに似た挑発性も読み取れる。
12-24 10:29

特集「絵画の不思議」展で観た李禹煥の作品には龍安寺石庭を思い出した。彼自身が述べるように「余白」を意識した構成。ただしそれは偶然に生まれた余白ではなく、絵画の成立と不可分な余白。磯崎新の「間」の概念やデリダの「パレルゴン」とも響き合う。
12-24 10:21

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