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02/03のツイートまとめ

afterfinitude01

私見ではアディッケスが、カントは明らかに物自体にはアクセス可能であると考えていたという方向で議論を展開していたはず。物自体を神秘化する思想は今、果たして魅力的だといえるのだろうか。ハーマンにも確かに、こうした秘教的側面が垣間見える。そこは大きな弱点でもあるだろう。
02-03 20:32

「大陸実在論の未来」でも基本的には「現象学のホラー」と同じ図式(現前性批判、「として」構造批判、実在的対象への接近)が見られたが、ハーマンがカントとハイデガーは共に物自体にはアクセス不可能だと考えていたと位置付けている点にはまだまだ議論の余地があると思う。
02-03 20:27

ハーマンの「現象学のホラー」はラヴクラフト論と題されているが、萩原朔太郎の「猫町」の素晴らしい解説としても成立するような気がした。慣れ親しんだ町並みがいつにまにか異界化すること。実在のweirdな側面が顔を出すこと。諸星大二郎でいえば「路地裏」の向こうに広がるのが怪奇実在論。
02-03 20:21

最近の『現代思想』を読む中で、今回のハーマンを読みながらもそう感じたのだが、21世紀前半の哲学は少なくとも今後、「表象」ではなく「対象」の概念にフォーカスしていくのではないか。従来の現前の形而上学を批判する上で、表象の概念とは異なる別の実在論的な経路へ本当にシフトしつつある。
02-03 20:15

ただ一つ気掛かりなのは、実在を底知れない謎を秘めた深淵として秘教化することで、ハーマンはフランソワ・ラリュエルのいう「ヘルメトロジー」に染まっているのではないかという点。つまりラヴクラフトとフッサールを駆使して現象学を「オカルト化」しているのではという指摘も成立してしまう。
02-03 20:07

現象学の観点からすると、ハーマンはいわばエポケーによって括弧に入れてしまった実在をもう一度取り出している。つまり純粋意識という相関主義的な残余ではなく、フッサール現象学が示唆しつつもほぼ手付かずにしていた実在論の方向性で議論を再構成している。
02-03 20:01

「現象学のホラー」でハーマン自身がobjectの定義を宙吊りにしているところは一つのポイントだろう。実在的対象/志向的対象、ヌーメナル/フェノメナルのいずれの図式でもなく、双方の「裂け目」ないし「捻りや捻れ」としか定義できない。そこは非常に文学的だと思う。
02-03 19:51

グレアム・ハーマンの二論稿「現象学のホラーについて」(『ユリイカ』2018年2月号特集「ラヴクラフト」)と「大陸実在論の未来」(『現代思想』2018年2月号特集「ハイデガー」)読了。どちらも相互フォローして下さっている飯盛元章さんが訳者の一人。やはりハーマンはイマジネーションを刺激する。
02-03 19:43

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