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02/04のツイートまとめ

afterfinitude01

討議で小泉義之がハーマンのハイデガー論について言及した際、「物への放下」や「物に対する気遣い」という概念が取り出されていた点は、OOOとの関係で特筆されるべきだろう。実際、ハーマンはハイデガーの「手許性」に注目していた。実在論の今後の展開において、ハイデガーは依然重要であり続ける。
02-04 22:32

轟のこうした一貫した姿勢には共感を示したくなる一方で、より多角的な分析が必要だとも感じた。また、ハイデガーのメタポリティーク論はランシエールが政治哲学の三類型として展開したアルシポリティーク、メタポリティーク、パラポリティークの観点からも考察される必要があると思う。
02-04 22:24

往々にして批判されるハイデガーの反ユダヤ主義的側面についても、「ユダヤ的なものに支配された西洋形而上学」に抗するという意味合いで捉えていたとして、いわば積極的に「存在史的反ユダヤ主義」=ハイデガーという図式を乗り越えようとしている(救済するというべきか)。
02-04 22:20

重要なのは轟がハイデガーの「反ナチス」としての側面を強調している点。ハイデガーは確かにフライブルク大学総長就任後の1933年に入党しているのだが、入党した時点で全面的に支持していたのでは全くなく、国家社会主義そのものをこれから生成すべきもの(改良可能なもの)として認知していたとする。
02-04 22:15

轟によれば、ハイデガーは基礎存在論を徹底化させて現存在分析から「全体としての存在者」(世界)を考察するメタ存在論にシフトした。その上でユダヤ・キリスト教に呪縛された形而上学(その完成者がニーチェ)を解体するために現実的な政治的次元とは異なる「メタポリティーク」を構想していた。
02-04 22:09

轟孝夫の論稿「ハイデガー『黒ノート』のメタポリティーク論」(『現代思想』2018年2月号)読了。ジャーナリスティックな反応が少しずつ冷めて本格的に『黒ノート』(全集94~97巻)の受容が始まったことを印象付ける重要な考察。三者討議「なぜいまハイデガーか」でも轟のぶれない姿勢に魅力を感じた。
02-04 22:01

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