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02/13のツイートまとめ

afterfinitude01

往々にして人は文学を虚構として扱うが、蓮實重彥にとって文学的テクストは「現実世界を従属的に模倣するひとつの世界ではない」(p375)、つまり虚構としては捉えられず「テクスト的現実」を構成している。この辺りもデリダの「テクストの外部はない」と共鳴している。
02-13 21:51

蓮實重彥がアリストテレスの『詩学』を過大評価し過ぎている文学理論の諸傾向を批判していたという点もかなり重要だろう。蓮實が「アリストテレスの呪縛」に抗するという意味で評価していたのはド・マン、リファテール、ランシエール。蓮實 の読み自体がイェール学派に近接していた点も言及される。
02-13 21:46

書く行為は薬になる一方で、エクリチュールの孤児性が本質的に付帯するため書き手に往々にして痛み(毒)をも与える。薬でもあり、かつ毒でもあるようなもの、すなわちデリダ的な術語を用いれば著者が述べるように「パルマコン」としての性格が前景化する。この議論にも深く共感した。
02-13 21:42

エクリチュールの孤児性とは意識、責任からも隔絶した書く行為を意味しており、蓮實重彥は『表象の奈落』でこれを「書かれた文字の漂流性」(p315)とも言い換えている。どれほど情熱を注いで書いても、それはいわば大海に瓶詰を漂流させるような行為であり、宛先は不明、常に時間的なずれを帯びる。
02-13 21:38

郷原佳以「理論のフィクション性、あるいは「デリダ派」蓮實重彥」(『ユリイカ』2017.10読了)読了。著者を読むのはブランショ論『文学のミニマルイメージ』や『現代思想』など掲載されたデリダ論以来。蓮實がデリダのオースティン論における「エクリチュールの孤児性」に共鳴していた点を知った。
02-13 21:30

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