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03/24のツイートまとめ

afterfinitude01

『君主論』においてマキァヴェッリが「愛されるより恐れられる方がはるかに安全である」(p56)と非情さに訴える場面の具体例(シチリアのアガトクレス、フェルモのオリヴェロット、ハンニバル)が、皆軍人上がりで占められている点は時代性と彼の軍事的志向性を表しているので再客観化が必要だろう。
03-24 23:44

必要上、全集版で『君主論』を再読していて改めて気付かされたのは、君主は君主足るべき「良い気質」を「備えているように見せること」が大切であり、いわば「政治の美学化」(ランシエール)の問題系で既に政治的言説の行為遂行性ないし演技性をマキァヴェッリが完全に把握していた点。
03-24 23:35

この矛盾は全集版『ディスコルシ』の永井三郎の解説だけでは解けなかったが、シュトラウスによれば『君主論』も実は君主制に期待を寄せる一方でローマ共和国の共和主義精神にフォーカスしており、この文脈では『ディスコルシ』としっかり陸続きになっているという解釈だったので腑に落ちた。
03-24 23:28

興味深いのはマキァヴェッリがデモクラシーに本質的に付帯する「自浄作用」に驚くほど信頼を寄せている点で、これは同時期に『君主論』を著した作者とは一見矛盾するかのような衝撃を与える。この問題は『君主論』が絶対王政期の教科書として扱われた点とも重なって未だ諸説あるようだ。
03-24 23:21

シュトラウスが本書第三章で『ディスコルシ』第58章をマキァヴェッリの反アリストクラティックな統治論の中核として位置付けていたので、全集版2巻『ディスコルシ』で実際に仔細に確認してみたところ、確かに彼は君主制よりも民主制の方が安全かつ理想的であると繰り返し主張していることがわかる。
03-24 23:15

レオ・シュトラウス『哲学者マキァヴェッリについて』読了。本書は『君主論』と『ディスコルシ』の差異と共通点を析出しつつ、マキァヴェッリがいかにキリスト教的近代を批判して古代ローマ的な共和主義精神の復興を期待していたかを驚くべき精緻な読みで跡付けている。特に第三章の民主主義論は重要。
03-24 23:09

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03-24 19:44

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03-24 10:14

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