† 美術/アート †

原研哉 『Designing Design』

デザインのデザイン Special Editionデザインのデザイン Special Edition
(2007/10)
原 研哉

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感じ方のデザイン

久しぶりに素晴らしい美術書に出会った。
「デザイン」についての本だが、本書に収録されている幾つものスタイリッシュで洗練された作品を見ていて、私の中で「哲学」「神学」「文学」に関する根本的な態度が変わった。
正確にいえば、「シンプルさ」に重要性を感じ始めるきっかけになったのだ。

例えば、「無印商品」のポスターであるが、これは非常に素晴らしいものだ。
Webでポスターの画像を探したが、見当たらなかったので、ここに説明しておく。
背景は夜の平原だ。
そこに、四枚の白い正方形の布が等間隔に並べられている。
そして、小さな英語で平原に何か綴られている。
いわば、それだけのポスターである。
それだけなのだが、非常に何か鮮烈でグッと来る衝迫力があるのだ。

何といえばいいのだろうか。
真っ白な画面に、ただ小さく「Page Not Found」とだけ記されているだけのような絵。
ひたすら「氷」のような、少し水色っぽくてところどころ白くもある、涼しい背景色に、小さな英語の文字で、ちょこちょこと何か書いてあるような世界。
私は、こういうシンプルだけれど、何故か現代的で非常にスタイリッシュなデザインに魅力を感じる人間であったことに気付いたのだった。
これほど重要な世界的なデザイナーと、同じ日本で生まれたということが嬉しい。

原氏がデザインした「家」のデザインだが、これも非常に魅惑的だ。
否、魅惑的、というよりも、「単純さの美」というべきだろうか。
フローリングに、同じような木製色のファイルケースがずっと奥まで並んでいる。
階段は白で、ベッドも白。
壁も白だ。
いわば、それだけだ。
つまり、色が限りなく選択されているのである。
というより、雑多な色を不潔なものとして退け、極力、シンプルな色(最低でも二色か三色)に統一しているような印象だ。
その単純さが、非常に美しいのである。

この凄さを巧く表現できる自信はない。
例えば、一人の少女が全身白色の衣服に身を包んで大通りを歩いているとせよ。
この時、たった一人だけなら、一人だけ浮くだろうし、他の雑多な色と巧く溶け合わない。
が、もしも都市全体が、そして他の通行人も皆、全部が同じように「白」で統一されていたとすればどうか?
そうであれば、おそらく初めてその光景を目にする我々は、驚愕の眼を持つだろう。
要するに、大規模的に色を洗練させているのだ。

私が「凄い!」と笑ってしまったデザインに、「銀座通り」の写真がある。
これも原氏がデザインしたのだろうが、これはさすがにスタイリッシュさが天才的である。
壁はやはり一面「白」、かと思えば、実は薬のように丸く穴が浮き出ている。
路上以外、全ての背景は白なのだ。
奥のショーウィンドウが最も面白くて、何故か「+F」などという記号が見える。
つまり、あるショッピングセンターがあるとすれば、その施設全体が完全に真っ白で、窓には不思議な記号表現が必ず見出せる、というような感じなのだ。
これは、見ていて非常に「頭がスッキリする」のである。

実は、私が感じていたのは、ハイデガーのことだった。
ハイデガーを色で表現すれば、「灰」なのだ。
だが、彼は「灰」で統一しようとしている点で、やはりスタイリッシュだったし、洗練されていた。
それは原氏が「白さ」を重視するのと似ている。
おそらく、芸術も思想も、その本質は「デザイン」なのだ。
ウェッジウッド社の作品は、優しい「ブルー」を重視する点で一貫している。
何かを追い求める上で、一貫して「シンプルさ」にこだわるという視点は非常に癒しの効果があるように感じられる。

どこからデザインを始めるべきなのか?
例えば、本書に「トイレットペーパーの山積み」の写真があるが、実はこれも非常にスタイリッシュである。
同じ形状をした白いものが、無数にある。
そして、よく見ると、トイレットペーパーの紙には、小さく英語で何かが印刷されているのだ。
シンプルさと、控えめなメッセージ、ここに何か「洗練さ」の秘訣があるのかもしれない。
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