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鈴村智久の研究室

表象文化論、美学の研究者鈴村智久です。哲学・思想ブログランキング総合2位。

04/24のツイートまとめ

Posted by 鈴村智久 on   0 comments   0 trackback

afterfinitude01

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04-24 23:50

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04-24 23:45

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04-24 23:40

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04-24 23:36

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04-24 23:31

本詩集に声として現前するシスター・アンティゴネーは死者であり、同時に「国家」(民族)の神格化された存在だろう。かつて「性の氾濫」のさなかを生きたが、今はただ暦のない墓で眠る「くずれゆく繭」に過ぎないという彼女の憐れみを誘う自己規定は、古に起きた「内乱」の隠喩でもあるのだろう。
04-24 21:31

読み終えた今感じるのは、本詩集がデリダ的な痕跡、あるいは「喪を担い、宿し、携える」という最晩年の『生きることを学ぶ、終に』と地下水脈で響き合っているということ。「私たちの今日という いかなる暦にもない日付 その砕かれた喪の時間を宿す 真っ白な血の刻印」(p150)
04-24 21:17

デリダの訳者でもある守中高明の『シスター・アンティゴネーの暦のない墓』(思潮社)は、名もなき死者の堆積の上に「今」が存在することを痛切に伝える哀悼詩集。星野太が佐藤雄一との対談(『現代詩手帖』2018.03)で何度も読んで影響を受けたと語っていた作品でもある。
04-24 21:10

これからの時代のデモクラシーを考える上で、丸山眞男の「する論理」の議論と同じく、バトラーがアセンブリでの合言葉となる「私たち」から零れ落ちる人々を掬い上げる概念として提起したnonrepresentationalな視座は重みを増してくると思う。表象されざるものを常に前景化させることの政治的意義。
04-24 09:33

前掲書において、バトラーはSNS上で間欠的に形成される「連帯=団結のネットワーク」がアセンブリへの稼働力になる点に言及している。これについては常に参加/離散可能なものとして、デリダが『信と知』で論じたreligioの語源学的な解釈(結ぶことも解くことも可能な関係性)とも相関してくる。
04-24 09:22

デリダは狼(主権者)に対する特有の恐怖症を患っていたが、バトラーはデモクラシーの条件として人民主権の「行使」を前提にして議論を開始する。これは何気ないが非常に重要な違いで、ブラウンやランシエールが「来たるべき民主主義」になぜ実践的側面を見出だせなかったかを理解する鍵になるだろう。
04-24 09:21

RT @tomo_kororin: ジュディス・バトラー『アセンブリー行為遂行性・複数性・政治』(佐藤嘉幸、清水知子訳、青土社)の見本が届きました。使い捨て可能な生をどう拒絶し、不安定な生と連帯についてどう考えるのか。街頭に集う身体が〈語る〉言葉を読み解き、現代デモクラシーの条…
04-24 08:52

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