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鈴村智久の研究室

表象文化論、美学の研究者鈴村智久です。哲学・思想ブログランキング総合2位。

09/05のツイートまとめ

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afterfinitude01

ちなみに、私はマルセルのお婆ちゃんが雨を浴びながら、「ああ、これでやっと息ができる」って言う場面がかなり好き。
09-05 22:46

男娼窟で一夜にして100万フラン使うようなパラメードも、芸術に対してこういうこだわりがあるところ、私の中でかなりポイント高い。芸術において自分の審美的感覚を信じることってとても大切。そして、それと同じくらい制度的な文化資本を獲得することはとても大切。
09-05 22:43

RT @Situations01: シャルリュス「どんな装幀だった? 私が君に貸した本は」マルセル「とても綺麗な人物像の組み合わせ模様でした」シャルリュス「花も様式も知らんと見えるな。君には様式のことなど口にする資格はない。どんな様式の椅子に座ったかも君にはわからんのだ」…
09-05 22:38

『マッチポイント』に較べたらまだ『イノセント』のトゥリオの方がけじめのつけ方として納得できる。ヨーロッパの方がやっぱりアメリカより贖罪意識が強いのかな。
09-05 19:31

そういや最近ウディ・アレンの『マッチポイント』を観て、けっこう古典的なメロドラマの構成だったからすぐに安心して惹き込まれていけたんだけど、終盤あたりのスカヨハの扱い方があまりにもファロゴセントリックで焦った。あのラストはさすがにダメでしょ。
09-05 19:25

ツイッター、けっこうアイディアノートみたいにインスピレーションを書き留められるようになってきた。この調子で論文に活かせるのはどんどん自己批判的に活用していこう!
09-05 19:00

私が生駒山上廃墟群に足を踏み入れた時、玄関口に恐怖は存在したが神的なものの気配ではなかった。なぜならそこには「美」が欠損していたから。そして今思えばその恐怖は単なる視覚的暗さの産物だった。この点で、真に神的なものには美が本質的に付帯しなければならない。
09-05 12:34

リゴッティは「恐怖」においてこそ人は神的なものに遭遇すると規定し、ジェイムズ的な意味での神体験に伴う幸福を棄却する。しかし恐怖のみをもたらす神的なものは悪霊か、悪戯好きの精霊か、未練を残す亡霊のいずれかでしかない。これら見えない実在をどう捉え直すべきか。
09-05 12:27

メイヤスーのいう「来たるべき神」は内在性の浜辺の海面下から到来する。では輪廻転生はどこに位相を持つだろうか。少なくとも「中有」の次元は海の中に存在するだろう。そして海中において多として一の外周を廻転する。
09-05 12:17

「海面」(高度0)とは、デュナミスがエネルゲイアへと押し出される現在である。「水深」とは様々な潜在性の深度である。入不ニがいう意味での様相が潰れて現在という一点へと縮約される場は、常にこの海面上で起きる。(内在性の浜辺の地理学)
09-05 12:11

これは必読。『ニュクス』で「聖なるもの」を特集するとは。
09-05 10:39

RT @nyx_jpn: 【『nyx 第5号』について】第一特集「聖なるもの」の主幹のお一人、江川純一さんが『nyx』5号をご紹介してくださいました。 https://t.co/uJaezfdmDH
09-05 10:38

物の表面に触れると、その手触りというものがある。ゴツゴツしていたりザラザラしているものでも、その内部では静かな水音を奏でているものもある。これが意味するのは、物は自らの表象に己の内在を制限されないということである。表象とは別に現働化されている感覚的な質というものが常に存在する。 https://t.co/zAxAPuTRUt
09-05 00:07

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