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09/08のツイートまとめ

afterfinitude01

だとすればバディウ→メイヤスーの流れで起こったのは、ドゥルーズ的な視座からすると「(絶対者への)退化」ではないか。まあ、私自身の信仰は一神教に属すのでメイヤスーの宗教的傾向には親和的なのだが、彼の中に事実論性を神論に結びける企図があるのは事実。
09-08 16:17

バディウ、ズーラビクヴィリ、モンテベロの三者において、バディウのみが一に至高性を付与しているとしてドゥルーズを批判するのだが、メイヤスーはバディウがその代替物として提示した「根源的偶然性」を『神の不在』によって再神学化させているのではないか。
09-08 16:12

換言すれば、宗教においてアニミズムか一神教かという意味論上の差異は、実はドゥルーズにはほとんど存在しない。なぜなら存在/実体(一)のノマド的分化に伴う意味/様態(多)の産出、さらに一多の相互包摂性の系譜はスコトゥス→スピノザ→ヴィヴェイロスにおいて連続性を持つからだ。
09-08 14:41

シャーマンは一神教的な文脈での「創造」に加担しているともみなせる。仮にドゥルーズをアニミズムに結びるけるのだとしても、ドゥルーズ的な一義性の図式を再生産する限り本質的に「超越/内在」の問題をどこまでも引きずり続けることになる。ゆえにヴィヴェイロスは私には新規な思想に思われない。
09-08 14:33

例えばヴィヴェイロスの場合、一人のシャーマンが複数の客体間を横断する時、ここにはドゥルーズ=モンテベロ的な意味での一義性が成立する。つまり一つの実体(身体)に多数の意味(霊魂)。これは一神教における一者による被造物(多)の創造と図式的に完全に同一ではないか。
09-08 14:27

モンテベロのドゥルーズ論はバディウのそれよりはるかに存在の一義性についてエレガントに整理されているのだが、読みながらアニミズムも一神教もこの図式ではほとんど等質的なものとして位置付けられる気がする。
09-08 14:23

見てるだけでまた泳ぎたくなるなぁ。この陸と陸を結んでる長い砂浜で泳げるっていう環境がとても好きだ。次は近くの宮津教会にも行きたい。 https://t.co/WDd9gckdpO
09-08 12:07

海中で見つけた魚たちのうちのヘタすぎるスケッチ。あと、この丸いのは海上でゴーグル越しに見た青空と雲。強烈な体験だった。 https://t.co/6dR6jqfGHQ
09-08 12:02

神的なものを感じたと書いたのは、ここの瞬間。上の海面の黒い影が私。いつまでも見ていたかったけれど、今回の台風で何匹か命を失ったかもしれない。そう思うと、あれはただ一度きりしか現前しない光景だった。 https://t.co/ERBdSiguWz
09-08 11:57

先月の天橋立の旅の途中、実は現地で絵日記を書いていた。絵の部分だけでもけっこう後々思い出すのに便利かも。 https://t.co/OhHcCovx27
09-08 11:54



RT @201yos1: 本日は、聖母マリアの誕生の祝日です。聖母マリアと洗礼者ヨハネは、その死が記念されるのみではなく、誕生が祝われる例外的な聖人です。彼らが神の救済の歴史において果たしている特別な役割のためです。聖母に関しては「被昇天」「無原罪の御宿り」など、10日以上の記…
09-08 09:58

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