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鈴村智久の研究室

表象文化論、美学の研究者鈴村智久です。哲学・思想ブログランキング総合2位。

09/13のツイートまとめ

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洗礼の有無とは無関係に神は「信じる者」には必ず恩寵を与える。逆に、自由意志によって神を信じない者には神との関係性が成立しないため恩寵は存在しない。これは損得の問題ではなく、信じる者の認知体系においては恩寵という「意味」が対象に付与されている、ということである。
09-13 23:15

人は両親を敬えと言う。しかし聖書は親子の血ほど薄いものはなく、人は常に霊的な家族をこそ持つべきだとも教えている。両親は尊い。しかし人間である以上、不完全で未熟な存在だということは若年期の早い段階で理解しておいた方が良い。赤子は親を選ぶことはできない。
09-13 22:58

哲学者でも晩年に宗教的な転回を遂げる者もいれば、宗教家でも後に無神論に至る者もいる。私は家族で唯一、自らの意志によってカトリックで洗礼を受けた。この絆において私は「常に御父と御子キリストのおそばに」と、心の中で祈りながら旅立つ者でありたい。あと50年もすればその日は必ずやって来る。
09-13 22:53

人は死ぬ前に必ず、自分は人生で何をしてきたか、自分とは何であったかを神ないし自分自身に問われる瞬間というものを持っている。その時、人は自分が何を本当に信じてきたか、人生の各瞬間が全体としていかなる意味を持っていたのかを完全に理解する。
09-13 22:45

神の属性として最も重要なのは全能でも全知でもなく、一義性と美である。ただし神=美は持続しているため恒常性を持たない。換言すれば、美とはカントが規定したように自己破壊的な刷新力ないし絶えず再創造される力能を持っていなければならない。
09-13 22:23

あらゆるオブジェクトは全てが等価的に存在するのではない。宇宙に広がっている全てのオブジェクト(多)を発出し生産した特異点(一)があり、これは「原-オブジェクト」(archi-object)として全実在を潜勢的に格納している、と仮定される。この起源的オブジェクトが一神教における絶対者である。
09-13 22:09

アニミズムと一神教の関係を再考しよう。山の神、海の神といった準-超越は人間が出会う出来事の数だけ配置される。それは一から類生成的に分化した多数的な神々である。それらは全能でも全知でもないが部分的ないし欠如態において神の属性を分有する。
09-13 22:00

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