FC2ブログ

鈴村智久の研究室

表象文化論、美学の研究者鈴村智久です。哲学・思想ブログランキング総合2位。

10/01のツイートまとめ

Posted by 鈴村智久 on   0 comments   0 trackback

afterfinitude01

https://t.co/Hn2aolLFoI
10-01 21:45

そしてSNSの持つ限界に気付いた者たちは必然的にメンバーのための礼拝所の如きものをどこかに作るだろう(例えば全員で均等に支払う貸物件など)。ここまでくればそれは既にひとつの「教団」である。初期メンバーは全員幹部あるいは使徒と呼ばれるだろう。もしそれが続きさえすれば......。
10-01 21:41

平成の次の時代には、こうした新しいタイプの新興宗教が伝統宗教を統合ないし折衷する形式で幾つか出現してくると考えられる。彼らはお互いについてどこで知り合ったか? SNSである。彼らはお互いの信仰をどのように分かち合うか? SNSである。
10-01 21:37

改正宗教法人法の成立以来、新しい教団を作ること自体のハードルは低くなった。しかもSNSの普及で理解者を中心に遠隔でグループ形成することも比較的容易になりつつある。信仰の社会的形態も平成中期以降、明らかに「現地密着型」から「分散的リゾーム型」に変化している。
10-01 21:31

もしも今、新しい分派が要請されるとすれば「女性司祭」はおそらく必須の項目になる。物事を哲学的ないし思弁的に解釈するタイプではなく、情感的かつ感性的に捉えるタイプが女性的教祖の最適者だと思う。教義は後から側近たちがいくらでも肉付けできる。
10-01 21:24

カトリックといっても、組織ないし制度として捉えると保守的な男性中心の階層性が否応なく前景化して様々な問題点が指摘されてきた。一方でカトリックの神秘主義には女性たちを中心にした魅力的な系譜(特に12世紀)があって、私がカトリックに美質を見出すとしたらここである。
10-01 21:16

バッハオーフェンは古代より宗教の担い手は往々にして巫女的な女性たちだったと綴っていたが、実はこれは現代にも当てはまる。生物学的性差の問題にはもちろん慎重にならなければならないが、私は基本的に信仰や宗教(特に神秘主義)に関しては女性からしか影響を受けなかった。
10-01 21:10

おそらく私の中には、テレーズ的なものに対する憧憬が働いているのだと思う。十代後半の頃も、カトリックの世界に対して漠然とした憧れというか、願望に近い感覚がずっとあった。理性や思考ではなく、テレーズは感覚的かつ自然に神を実感する。それはキリスト者の誰もができるものではない。 https://t.co/ZtfQp17uyD
10-01 21:05

リジューのテレーズは、伝統あるカトリック信仰が生み出した霊性の究極的なかたちだと思う。若くして召されるまで身も心もイエスただ一人に捧げ尽くした女性。イエスもその愛に応えずにはいられなかった。現代から最も近い時代にいる信仰の鑑。
10-01 19:45

リジューのテレーズ!この柔らかい微笑み、本当にSシスターによく似てる。彼女は私と同じ年齢の時に洗礼を受けて、洗礼名が幼きイエスの聖テレーズだった。今は京都のカルメル会におられるはず。
10-01 19:23

RT @201yos1: 今日はリジューのテレーズ(1873-1897)の記念日です。「小さき花のテレジア」「幼きイエズスの聖テレジア」などとも呼ばれます。「神への唯一の道は、御父の腕の中に、何の恐れもなくまどろむ幼子の委託だ」という「小さき道」を示しました。自叙伝の日本語訳が…
10-01 19:13

素晴らしい体験談。この人、漂流中に聖母マリアを幻視したらしい。海を教会として捉えている。「生きて帰ることができたら「3つのF」を大切にしようと心に決めました。信仰(faith)、家族(family)、友人(friend)です。」https://t.co/hnqa2ZoQtY
10-01 12:46

https://t.co/KAGbxLGbvG
10-01 08:43

関連記事
スポンサーサイト



Post comment

管理者にだけ表示を許可する

Trackback

trackbackURL:http://borges.blog118.fc2.com/tb.php/3191-b0044b40