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12/05のツイートまとめ

afterfinitude01

ちなみにスピノザについて、シンガーは自伝的小説『ショーシャ』の序盤で敬虔なラビである父に「彼の名は消し去るべき」と、未だに当時の批判が温存されている様を描いている。その理由として、やはり「延長」における神性の序列、ないし程度上の差異について明確化されない点が示唆されている。
12-05 22:41

ヘルダー『神』を注意深く読んでいると、当時のスピノザをめぐる汎神論論争の根底には、スピノザ自身が「延長」について理路整然と展開しきれていなかった点があるのではないか。換言すれば、神を表現する実在間の強弱、リズム、程度の概念が不十分なので受肉とは何かが未解決のまま残される。
12-05 22:21

スピノザにおいては、あらゆる実在(林檎や消しゴム)が神を表現している。それら多様な実在に一なる神が延長されている。すると、神の受肉したキリストとは何なのか。キリストが仮にスピノザ的な文脈で神の実体を表現するならば、それは林檎や消しゴムのような実在とはどのように違うと説明されるか。
12-05 22:11

私はボルヘスに耽溺していた頃に彼の理論上の師であるライプニッツの著作集(旧)全巻を集めて夢中で読み勧めた時期を持つのだが、中でも『弁神論』のテオフィルとフィラレートには未だに特別な愛着がある。ヘルダー『神』も対話篇なので、スピノザをめぐる学生の楽しいやり取りとしてサクサク読める。
12-05 22:04

話題のヘルダー『神』は第二版第四対話まで読んだが、ドゥルーズがスコトゥス、スピノザの流れで概念化した「一義性」を再考する上で非常に有益な示唆を与えてくれる。とりわけスピノザにおける「表現」の問題に注目する部分、および必然性、能動性、変状などの議論も再読の補助として重要。
12-05 21:56

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