FC2ブログ

鈴村智久の研究室

表象文化論、美学の研究者鈴村智久です。哲学・思想ブログランキング総合2位。

01/03のツイートまとめ

Posted by 鈴村智久 on   0 comments   0 trackback

afterfinitude01

ベンスーサンはユダヤ教徒が遡行する起源としての出エジプトに言及していたが、モーセが四十年もの長きに渡って荒野を流浪し、約束の地の一歩手前で天に召されたこと自体、イエスの御受難に匹敵するものだろう。モーセは故郷を喪失した人々、精神的な居場所のない人々の導きとして現代に生きている。
01-03 21:41

興味深いのは『モーセ』の中にブーバー自身の「奇跡」体験がさり気なく含まれている点だ。そして彼はラビではなく哲学者なので、前提として出来事とそれに賦与される意味を明晰に区別する。その上で、科学的に何が起きたかよりも「経験されたもの」としての出エジプトを前景化している。
01-03 21:33

ブーバーは基本的にユダヤ教の伝統的解釈をベースにしているため、当然ながらアスマンによるモーセ=エジプト人仮説にも批判的な立場である。彼が強調するのはユダヤ教の成立において出エジプトが決定的に重要であり、その時に「歴史」が創設されたということだ。
01-03 21:26

ブーバーは『モーセ』、『預言者の信仰』のいずれにおいても、ヤハウェは元々ケニ人たちの山の神(シナイ山の自然神)だったとする解釈を仮説として退け、その根拠を何点か示している。私の記憶では『一神教の起源』でもこの仮説に似た説が採用されていた。
01-03 21:19

実家の書庫から高校時代に耽溺していたニーチェ関連の本を何冊か気分転換に再読していたが、やはりニーチェ/マイゼンブークの往復書簡には感動的な下りが見られる。まず何より、この時点でニーチェの運命はおろか彼のショーペンハウアー論の価値を逸早く悟っていた彼女の先見の明に驚かされる。
01-03 21:02

ミッシェル・アールの『ツァラトゥストラ』論において特権的に扱われる動物たちは、今ここにおいて至高の幸福の状態に達している存在(超人の分身)として規定される。これはエックハルトの永遠=現在論と通底する。換言すれば、ニーチェを経由してキリスト教と仏教が接続する回路というものがある。
01-03 20:53

関連記事
スポンサーサイト



Post comment

管理者にだけ表示を許可する

Trackback

trackbackURL:http://borges.blog118.fc2.com/tb.php/3229-558bc0ce