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01/08のツイートまとめ

afterfinitude01

メイヤスーが本論で「再演」概念の具体例として言及しているフランスのコンセプチュアルアーティストのダニエル・ビュレンの作品。確かに最初の赤と次の赤は同じ赤ではなく、有限回の中で示差効果を生み出すことに成功していると思う。一言でいえば非常にリズミカル。 https://t.co/Ms21voXWxD
01-08 18:32

私が一番面白い、というかメイヤスーらしいと感じたのは、物理法則それ自体が記号論的に変換可能であるという、③重複論以後の議論だ。これは言うまでもなく根源的偶然性=永遠=メイヤスー的絶対者によって法則それ自体がいつでもリセットされたり切り替えられたりする、ということを含意する。
01-08 17:51

メイヤスーの「回帰」概念の三様態としての①再演②反復はフッサールの表現と意味論からも帰結されたもので古典的だと思う。肝心の③重複はもはや記号論ではなく事実論性そのままの議論による記号概念の包摂であり、『有限性の後で』第三章の既視感は否めない。
01-08 17:44

ヘグルンドよりもメイヤスーの方が明らかに興味深いデリダ派ではないだろうか。90年代以降のデリダは無神論ではなくユダヤ的観念が濃厚であり、この点はオーソドックスな神学を刷新しようとするメイヤスーの「来たるべき復活の神」(キリスト教とは別様化された)とも深く関与してくる。
01-08 17:37

言語の物質性ないし恣意性についてはイェール学派でもド・マンの影響が見られるし、「原化石」に対するデリダからの隠れた影響を指摘するマラブー、及び立花氏も指摘するエクリチュール、グラフィック概念、更に「来たるべき民主主義」に通底した神論への応用など、デリダ派の遺産が顕著。
01-08 17:33

本論は従来の記号論への批判と事実論性の原理のDrマン的(インターステラーに擬えるのは彼の宇宙観から見ても正当だろう)な「ドッキングの失敗」として印象付けられる。ただし問題はその失敗の美しさ──というより二つの主要議論の独立した濃密さが際立つ点である。
01-08 17:23

メイヤスー「反復・重複・再演」(『現代思想』2019.01)読了。相変わらず圧倒的に面白く濃密な議論で夢中にさせてくれた。執筆中の論文(六割がた新しいメイヤスー論なのだが)でも改めてじっくり考察するつもりなので、ここではほんの触りとして気になった部分や考えたことをメモしておこう。
01-08 17:18

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