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鈴村智久の研究室

表象文化論、美学の研究者鈴村智久です。哲学・思想ブログランキング総合2位。

03/24のツイートまとめ

Posted by 鈴村智久 on   0 comments   0 trackback

afterfinitude01

わあ、今グッゲンハイムでクリント展やってるのか! これはじきに日本にも来るだろうね。クリントについてはいずれ何か書いてみたいなと前から感じている。
03-24 23:02

RT @RitaJKing: Hilma af Klint at @Guggenheim is exquisite, mysterious and divine. https://t.co/J6SB9BK6d5
03-24 23:00

ユンゲルのこういう態度には無神論的だという批判もあるようだが、ポリドリは肯定的にバルトに結び付けた上で、メイヤスーの神論との親和性を探っている。日本では神学界からのSRへの反応がまだ活発化していない状態なので、私も今回の原稿でこういうアプローチは刺激になりそう。
03-24 19:42

ユンゲルの神概念もなかなか面白い。「神は必要だ」と言うことは「必要でなくなれば神は存在しない」と言うも同然なので、このタイプの信仰告白は無神論と大差ないという。ユンゲルの神は存在しない。なぜなら神は世界を超越しており、存在/非存在いずれでもないから。神は世界を必要としない。
03-24 19:38

メイヤスーにとって、潜在的な神の現働化の審級は「死者のための正義」にある。メイヤスーの神にもやはり「本質」はない。そして創発するのが死者の喪のための正義の神なのか、それとも忌むべき悪神であるのかは、神が「内在性」である限りにおいて私たちの自己決定に委ねられている。
03-24 19:31

この小論は非常に重要だな。ポリドリが依拠するマコーマックのバルト論によれば、バルトは神の人格における「偶発性」を認めていた。神は「本質」ではなく、決定と行動に基づいてアイデンティティを構成していく動態的な「存在」。そこにメイヤスーの事実論性との接点がある。
03-24 19:25

トロイ・ポリドリ(カリフォルニア州立大学)による「思弁的展開後の神学の運命」読了。メイヤスーのカント批判を形而上学の死として位置付けた上で、神学もそれと並走する必要性を言及。その上でバルトの予定論とユンゲルの神論をメイヤスーの「神の潜在性」に接続する。https://t.co/0rnuHroZvu
03-24 19:19

RT @cdawsonquotes: It's difficult for people today to realize prayer can change the fate of nations. But it's the teaching of the Gospels &…
03-24 14:03

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