† 美術/アート †

naho iinoの世界

水と空のあいだ水と空のあいだ
(2006/02/22)
イイノ ナホ

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「たまご」が持つやさしさ

ウィリアム・ブレイクは『The Book of Urizen(ユリゼンの書)』(1794)の挿絵の中で、世界の創造原理を「子宮」と結びつけた形象を描いている。
彼の場合は、幻視した、というべきか。

ニコラ・フラメルは17世紀に、二匹の蛇が互いの尾を噛みあっている円環的な形象を描いている。このような、創造論に「球形」型のイマージュを結合させるフレームは、グノーシス主義のあるセクトが有した文献や、ヒルデガルト・フォン・ビンゲンの女性的神学にも見出される。

重要なのは、「たまご」、「子宮」、「円環」、「リング」といった共通する「まるい」形象である。
こうした「まるい」ものが、世界を包摂している、というフレームに我々は注目している。
というのは、ノルベルト・ボルツがいうように、今後のメディアのネットワークは、全て巨大な「たまご」状の複雑な逃走線の錯綜領域になると考えられるからだ。
ネットワークを包摂する「たまご」があり、これがポスト・ユビキタス社会の全地上の見えざる秩序になる。
一方でメディア論が描く今後のネットワークのマクロコスモス的なイメージ。
他方で、古代から脈絡と続く「たまご」型の美しく整合性のある創造論の形象。
この二つを結びつける発想は非学問的で突飛であるが、文学的にはそうではない。

iino nahoとは誰か?
イイノナホ――日本において最も重要なガラス作家である。
実は、本書に収録されている「ガラスのたまご」のシリーズ、これは驚愕すべきことなのだが、完璧なヒルデガルト・モデルを示している。
ヒルデガルトが『スキヴィアス』の挿絵で描いたあの神秘的で謎めいた「たまご」の形象――内部にはキリストを象徴する無数の「光の網」が描かれている。
私がイイノ女史の「ガラスのたまご」の中に内包された「ハート」(タイトル《Heart》)を初めて目にした時の衝撃と感動は大きかった。
これはヒルデガルトが思い描いたカトリック信仰の真髄の具象化そのものではないか、と。

ガラスのたまごは、内部に種子を有する。
種子の形式は、「クローバー」「矢印」「ハート」「殻のないたまご」などである。
ガラスのたまごとは、これら種子を包摂する外観であり、その形状はmatrix(子宮)状である。
マトリックスとは、いうでもなくヒルデガルトの神学の根幹概念であり、12世紀のキリスト教の修道女たちが共通して幻視したマリア様の象徴である。
「たまご」が宇宙を包摂し、その内部には可能的な無数の種子が存在する。
イイノ女史の作品は、宇宙論を描いているのである。
その歴史は伝統的であり、女性性が有する本質的な「秩序」「柔軟性」を感じさせる。
「たまご」の内部に「ハート」が含みこまれている――いわば、神の子宮の内部が愛で満たされている、これがイイノ女史の作品を神学化した場合に描き出される表現である。
キリスト教神学が有する概念は、このように女性アーティストが創造する芸術と隠されてリンクしている場合が多いのかもしれない。
ルネ・ラリック、エミール・ガレといったガラス作家の華々しく、けばけばしいともいえる作品が並ぶ中で、我々がイイノ女史のこの繊細でやさしい作品たちに惹かれたのも、彼女が高度に「たまご」的だからである。
「たまご」とは、三人の子供の母親であるイイノ女史においては、「母性原理」の視覚化であり、同時に無秩序に拡大し、増殖を繰り返す男性原理の超克である。
「たまご」が世界の原初に到来する。
「たまご」の内には「ハート」がある。
ヨハネが「神とは愛である」を換言して、「愛とは神である」という時、彼が示唆していたのはこの「ハート」に相違ない。

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