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† キリスト教神学 †

幼きイエスの聖テレーズについての私論

この聖女を深く知らなければ、私はおそらくカトリックとして根本的に挫折するだろう

Theacute;regrave;se de Lisieux

「Thérèse de Lisieux」

幼きイエスの聖テレーズの自叙伝を読んでいるうちに、私の中で一つの概念が生まれた。
それはcomplexusというラテン語の男性名詞の意味に集約されている。
今回はこの言葉について、聖女の信仰と合わせて書いてみたい。

complexusの意味は以下である。

・抱きしめること
・愛の絆
・愛情
・握手
・抱擁
・包むこと



私は男性なので、男性としての経験をここで少し書いておきたい。
男性というのは、キリスト教神学的にいうと「アダムの末裔」である。
アダムに対して神は「ひとは、ひとりではよくない」といった。
イヴの創造のカノン的な解釈は、このようにアダムの孤独を緩和させるために「女性」が世界に与えられたのである。

ただ、コプト語で記されたグノーシス文献『この世の起源について』では、世界の創造は、まず最初に「女性」で、次に「男性」という順番であった。
この書においては、神には「ピスティス・ソフィア」という女性的創造神の固有名すら賦与されている。
つまり、世界を創造したのは女性的存在であり、その似姿として最初の「ひと」は「イヴ」だというわけだ。

ここで私が述べたいことは一つだ。
それは何かというと、レンブラントの「イサクとリベカ」のあの睦まじい夫婦的関係を描いた絵からも把捉できるように、「男性にとって最も慰めになる存在」とは、「女性」のみであるという根本的事実である。
これは女性にも相当する。
程度の差こそあれ、全ての男性は自分にあった「割符(シュンボロン)」としての片割れを求めて生きている。
そして、全ての女性も自分の人生の最大の伴侶、よき夫との家庭の形成を求めて生きている。

世界において、「異性」という「差異」の概念が生起したのが、アダムの「孤独」であったという創世記的な言説は重要である。
私は思うが、アダムはエデンにおいて「無垢」さと「孤独さ」を同時に持っていた。
ひとは、「無垢」であれば「孤独」すら感じないのではないか、と反論するだろう。
しかし、アダムはエデンにおいて「孤独者」であったと私は確信している。
だからこそ神は「イヴ」をアダムに贈与したのだ。
イヴはアダムの孤独を癒すプレゼントであるだけではない。
イヴを「知る」(聖書的には、これは性交を意味する)ことで、アダムは自分によく似た「子供」をも目にするだろう。
イヴは人類が最初に知った「子宮」の持ち主であるだけでなく、全ての歩みの出発点である。


幼きイエスの聖テレーズの自叙伝を読んでいて、私はある奇妙な事実に気付いた。
これは、信徒であるがゆえに見逃していることがむしろ多いと思われる。
つまり、彼女には恋人、ボーイフレンド、彼氏、片思いの相手、総じて「男性」が周りにいないということである。
にも関わらず、彼女の文体は「愛」に溢れている。
それは、この世界には存在しない、あるたった一人の「男性」との「恋愛」である。
その男性とは、いうまでもなく「ナザレのイエス」である。

これは我々にとって、甚だ奇妙なことである。
なぜ彼女は一度も男性に恋しなかったか?
つまり、なぜこの地上の世界で、「いい感じの男性」すら見つけ出さなかったのか?

私には、実はこれが不思議で不思議で仕方が無い。
私は今22歳だけれども、厳密に「イエスさま」を恋愛対象にしているのかといえば、全くそうではない。
むしろ私は、自分の守護聖人に自己同一化しようとしている面がある。
私は「サロメ」的な女性を心のどこかで欲しているが、これも奇妙なことに、文学的な次元の存在者でしかない。

つまり私は若者の一人、22歳の男性の一人として、間違いなく「イヴ」を探している。
だが、小テレーズは「アダム」を地上で探すのを放棄しているのだ。
これは信じ難い覚悟と決意ではないか?
どんなに素晴らしい男性が現れても、小テレーズはすぐにイエスの胸元に帰っていくのである。
しかし、決定的な一文を記すが、イエスは地上には最早存在しない。
小テレーズが恋愛できないのはそのためである。
換言すれば、彼女は「永遠」と恋愛関係にあるために、「時間」的な存在者と縁を切っているのだ。

私は今、「イエスは地上に存在しない」と書いた。
しかし、神の属性である「遍在」の概念を適用すれば、これはより考察せねばならない命題となる。
地上には、やはり「イエス」が存在する。
それは路上ですれ違うひとりのホームレスの男性かもしれない。
それはデパートでレジをしている若い少女かもしれない。
重要なのは、三位一体の位格である「聖霊」として、「御子」が地上に到来し続けているということである。
だとすれば「遍在」の概念も合理的に解釈できる。

しかし、小テレーズは恋愛を放棄している。
彼女は「処女」であることを神に誓っているのだ。
彼女の短い人生において、「そろそろ処女を捨てたいな」などという遊び心が入る余地すら無かったことに、私は正直愕然とする。

私の周りには、「まだ童貞? 遅れてるなー」のような発言を平然とする若者たちが沢山いる。
おそらく、どこにでもいるであろう。
若者たちにとって、「童貞であること」、「処女であること」は、「ダサイ」ことであり、「かっこ悪い」ことであり、「遅れている」というわけだ。
無論、カトリックの教えは、「童貞性=処女性」を永遠の美として讃美している。
これは2000年以上続く伝統である。
にも関わらず、やはり私は自分が「童貞」であることに対して「劣等感」を抱くことが確かにあるのだ。

カトリックは「性」を肯定している。
しかし、「責任ある性」のみの肯定だ。
事実、カトリック中央協議会発行の『いのちへのまなざし』には、セックスは子供を作る行為であると記されている。
そして、夫婦の愛を確かめ合う行為でもあると記されている。
だとすれば、ボーイフレンドとのセックスは、罪になるのだろうか?
どのようなセックスが一体掟に背反するのか?

男女が愛し合う以前に、男女が出会う機会がそもそも「奪取」されているという厳然たる事実にこそ目を向けよう。
私は孤独者である。
私は教会に通う、22歳の、童貞の孤独者だ。
孤独がもしも、「イヴの不在」を意味するのであれば。
しかし、奇妙なことに教会自身は「童貞」であることを讃美してもいる。

教会は「夫婦」を讃美し、「子作り」を祝福するが、同時に「童貞」をも讃美する。
これは何か奇妙な話ではないか?
何かがおかしいのではないか?

小テレーズに戻ろう。
彼女は、地上で幸せを見つけられなかったことを、神からの最大の愛だとしている。
この逆説。
彼女は、病身で苦しめば苦しむほど、より愛すべきイエスに近づくと確信している。
この逆説。
すなわち、苦しみが愛であるという、この衝撃的な聖女特有の感覚に、私は何も声が出なくなるのだ・・・・・・。

「それまでは、苦しみを愛さずに苦しんでいましたが、この日以来、苦しみに対して真の愛を感じるようになりました」

「すべては一人ひとりのために、一番よいように取り計らわれるのです」

「この地上では慰めのないことが、私の慰めです」




もしも私が、聖女に以下のように心ない一言を突き立てたとせよ。

「貴女は処女だ。貴女は孤独な女性で、貴女には男性がいない。伴侶がいないのだ。なぜ哀しまないのか?」

すると彼女は、私が彼女の言葉の中で最も愛しているかの発言を、笑顔で返すであろう。

「清貧とは、気に入るものばかりでなく、なくてはならないものにも不足することであるとわかりました。
するとランプがないことを辛く感じるどころか、かえってとても幸福でした。
こうして外は真っ暗でも、心の中は明るく輝いていました・・・・・・」



一体、彼女は何者なのだろうか?
何故、このような発想ができるのか?
理解できるであろうか?

例えば、私が欲しくてたまらないクリスチャン・ディオールの服をようやく買ったとせよ。
路上で強盗が、それを奪って逃走したとせよ。
私は悲嘆するだろう。
「せっかく買ったのに何ということだ! 一ヶ月間このために働いたのに、何という有様だ!」
そして私は強盗を憎み、警察が彼を捕縛して苦しめても、むしろせいぜいしているだろう。

しかし、小テレーズはそうではない。
彼女は盗まれた瞬間、以下のように考えるのだ。
すなわち、

「ああ、私は今、とても苦しい。欲しかった服を奪われてしまった。働いた給料も台無しになってしまった。でも、この苦しみを与えられたのが、あの愛するイエスさまならば、私にとってこれほど大きな悦びはないでしょう」

彼女には、おそらく隣人の「固有の顔」という概念が存在しない。
彼女は隣人の顔を全てイエスの顔に収斂させるのだ。
これはレヴィナスの倫理的思想の究極的な実践論であり、完成形式といっても過言ではない。


私は、このような人間が世界にひとりでもいたという事実に、希望を持ちたい。
私にはどうしてもできないだろう。
私は、もしも強盗が私を殺すと脅すならば、どんなことをしてでも助かりたいと懇願するだろう。
そういった醜さ、生への執着こそが、人間性ではないのか。
小テレーズのように、「苦しみ」を「最大の愛」と瞬間的に結び付けられるような天使的な女性にとって、私は無様で醜い奇怪な無神論者でしかないであろう。

彼女は寂しくなかったのだろうか。
寂しかったのであれば、もし本当に誰か男性に甘えたかったのであれば、私があの時代に生まれていれば、きっと傍へ行ったのに・・・・・・。
何故、聖女の信仰は「死」に対してこれほど圧倒的に強いのであるか?

雅歌八章六節「愛は死のように強い」という言葉は、彼女のためにあるのではないのか。

私はこの、若くして死んだ聖女の存在の前に、ただ跪くことしかできないのである。
彼女には「敵」がいない。
何故なら、「敵」は「イエス」さまとして「苦しみ」という「愛」を与えてくれる存在者なのだから。

高校時代に、私は不登校になりかけるような精神的危機のさ中で、ニーチェをひたすら読んでいた。
やがてニーチェが、カトリック教会に密かな畏敬の念を持っていたことを知って涙が流れた。
ひとは、彼女のような存在に直面すると、自分も生き方を改めるか、彼女を徹底的に批判するか、そのどちらかであるべきである。
私は自分がニーチェに未だ呪縛されていることを熟知している。
信仰の「危機」において、ニーチェのように暴発するか、小テレーズのようにそれを愛として甘受するか、それはおそらく「自由意志」なのだ。
いうなれば、ここにおいて、ひとはイエスさまに試されるのであろう。

私は彼女に恋をしている。
彼女が生きたという事実、それは私にとって光である。
否、むしろこれは恋ではない。
そのようなことを理解し、分かち合える女性が、地上にはきっと沢山いるだろうという、私の新しい希望なのである。






リジューのテレーズ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


リジューのテレーズ(Thérèse de Lisieux, 1873年1月2日-1897年9月30日)は19世紀、フランスのカルメル会修道女。本名はマリー・フランソワーズ・テレーズ・マルタン(Marie-Françoise-Thérèse Martin)。修道名は「幼きイエスのテレーズ」。カトリック教会の聖人にして33人の教会博士の一人。若くして世を去ったが、その著作は今でも世界中で広く読まれ、日本でも人気のある聖人。記念日は10月1日。リジューのテレジア、幼きイエスのテレーズ(テレジア)、小さき花のテレジアなどとも呼ばれる。


生涯

リジューのテレーズはフランスのアランソン生まれ。父ルイは時計屋を営み、母ゼリーは腕のいいレース職人だった。夫婦は信仰あつく、仲が良かった。夫婦の間には9人の子供が生まれたが、結核などのために4人が夭逝し5人の娘たち(マリー、ポリーヌ、レオニー、セリーヌ、テレーズ)だけが成長することができた。テレーズは末っ子で、感受性が強く、誰からも愛される子供だった。

テレーズが4歳のときに、もともと体が弱かった母が病死、精神的に耐え切れなくなった父は店をたたみ、娘たちをつれて妻の実家ゲラン家があるノルマンディーのリジューへと移った。1882年、テレーズが9歳のとき、それまで母親がわりをつとめていた次姉のポリーヌがリジューのカルメル会修道院に入った。母親についで、第二の母であった姉を失うという体験は幼いテレーズの心に大きな影響を与える。このころからテレーズは修道女になりたいという希望を繰り返し訴えるようになる。1886年に二人の姉マリーとレオニーも修道院に入ったことでその望みがいっそう強くなった。

1887年、14歳になったテレーズはカルメル会入会を願う。父は許してくれたが、修道院の院長や指導司祭に年齢の低さを理由に断られる。ついでバイウの司教に許可を得ようとしたが、やはり年齢の低さを理由に許可されなかった。同年10月、テレーズが15歳の時、父や姉たちと共にローマへの巡礼団に加わった。そこでローマ教皇レオ13世に謁見して直接カルメル会入会の特別許可を願ったが、教皇はやはり司教と指導司祭のすすめに従うようにと穏やかにテレーズを諭した。

テレーズが16歳になり、司教がようやく修道院入りを許可したため、テレーズは1889年4月にカルメル会に入会、「幼きイエスのテレーズ」という修道名を受ける。このとき、すでに二人の姉(マリー、ポリーヌ)がカルメル会に入会していた。同じ年、かねてから体調がすぐれず、精神を病む兆候を見せていた父が心臓発作に見舞われ、療養所に入った。父はここで最期の三年をすごすことになる。1890年9月8日、最初の修道誓願を宣立したテレーズは修道名に「尊い面影」という言葉を付け加えた。

1894年7月29日、父ルイが死去。最晩年は発作の影響で下半身不随になっており、精神的に混乱したり、うわごとをいうことが多かった。父の死後、最後まで父につきそった姉のセリーヌもカルメル会に入会。聖母訪問会に入っていたレオニーを含め、5人姉妹全員が修道女になった。しかし、もともと体が弱く、家族から結核菌を受け継いでいたと思われるテレーズは1896年4月に喀血。そのまま病勢が進み、1897年9月30日に姉のセリーヌに見守られながら24歳の若さで亡くなった。彼女は海外宣教に強い関心があり、インドシナ宣教の望みがあったが、それは果たされなかった。

死後、自叙伝が出版されたことでテレーズの名がフランスのみならず、ヨーロッパ中に知れ渡り、その親しみやすい思想によって人気が高まった。1914年6月10日、教皇ピウス10世はテレーズを列福。ベネディクトゥス15世は、通常死後50年たたないと列聖はできないという条件をテレーズに限って特別に緩和することを決定、これは異例のことであった。1925年、テレーズは死後わずか28年にして教皇ピウス11世の手で列聖された。 姉たちは長命だったため、妹が福者・聖人として崇められてゆくのを見届けることになった。

リジューのテレーズは病人、パイロットや花屋、宣教師、ロシアの他に、子どもや弱い者の守護聖人になっている。彼女はジャンヌ・ダルクについでフランスの第二の守護聖人とされ、宣教師のために祈っていたことから1927年には海外宣教者の守護聖人となった。1997年10月19日には教皇ヨハネ・パウロ2世によって深い霊性と思想がたたえられて「教会博士」に加えられた。教会博士の称号を与えられている聖人は現在では33人おり、女性としてはアビラのテレサ、シエナのカタリナに続いて3人目である。  


「テレーズの思想と著作」

テレーズについて有名なのは、その「小さき道」である。テレーズは修道生活の中で、自分には著名な聖人たちのように「おおきなわざ(すぐれた行い)」をするほどの力がないことに思い至った。そこで神への愛をどうやって表せば良いのかと自問した。そこでテレーズが出した答えは、自分は幼子のような「小さき道」を行くのだということであった。それは神への愛の表現として小さな愛のわざを心がけること、小さな犠牲をほほえみをもって耐え忍ぶこと、幼児が両親の愛を疑うことを知らぬように、神を全面的に信頼することである。またテレーズは、神とは厳しい裁きを行う者ではなく、子を慈しむ親のような愛情深い方なのだと語っている。この「小さき道」という表現は、彼女の深い霊性、精神性をもっともわかりやすく表すものになっている。また、2003年10月19日に列福されたマザー・テレサ(コルコタのテレサ)の「テレサ」という修道名はテレーズの名からとられている。自分の名が、アビラのテレサではなくリジューのテレーズからだと言うほど、テレーズを愛していた。

テレーズの名が広く知られることになったのは、彼女の自伝ともいうべき『魂の物語(ある霊魂の物語)』(邦題『自叙伝』)が多くの読者を得たためであった。これは修道会では入会者に自分の半生を振り返る記録を提出される習慣があったため、それを編集したものである。普及版は姉のポリーヌが徹底的な編集をおこなったものが元になっているため、近年ではよりテレーズのオリジナルに近いものも発表されている。ほかにもテレーズの書簡集なども出版されている。


「テレーズの著作」

『幼いイエスの聖テレーズ自叙伝 その三つの原稿』(ドン・ボスコ社)
『幼いイエスの聖テレーズの手紙』(サンパウロ)
『テレジアの詩』(サンパウロ)

「テレーズに関する著作」

『モーリスとテレーズ ある愛の物語』 女子パウロ会
『テレーズ その生涯における苦しみと祈り』 女子パウロ会
『神さまだいすき 10人の聖人たち』 女子パウロ会
『死と闇を超えて テレーズ最後の六ヶ月』 聖母の騎士社
『私の使命 それは愛です』 サンパウロ
『聖テレーズ祈りの道』サンパウロ
『テレーズ 空の手で』 聖母の騎士社
『ある人生の物語』 聖母の騎士社
『わがテレーズ 愛の成長』 サンパウロ
『テレーズの約束 バラの雨』 サンパウロ
『テレーズを求めて』 サンパウロ
『小さきものよ われに来たれ』 ドン・ボスコ社
『ある家族の物語 テレーズを育てた父と母』 ドン・ボスコ社
『天才 リジューのテレーズ』 南窓社
『教育者テレーズ』 ドン・ボスコ社

「テレーズに関する映像作品」

映画『テレーズ』(Thérèse) 1986年 フランス映画 監督:アラン・カヴァリエ 主演:カトリーヌ・ムーシェ
ビデオ『テレーズ・マルタン 幼きイエスの聖テレジアの生涯』(モノクロ) 女子パウロ会

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~ Comment ~

こんばんは

どうもお久しぶりです。

この女性は素晴らしいですね。
>ひとは、彼女のような存在に直面すると、自分も生き方を改めるか、彼女を徹底的に批判するか、そのどちらかであるべきである。

こういうあなたの感性は素晴らしいと思います。

にしても、ここ最近、御姿を拝見しませんが、お元気でしょうか?
また、鈴村さんの作品を拝見できること、感想のやり取りを出来ることを心待ちにしてます。
では。
[2009/03/21 21:19]  昼野  URL  [ 編集 ]















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