† キリスト教神学 †

「活字離れ」という病理を知らぬ無垢な我らのために

私が好きな本 ベスト4冊

私がこれまで読んできた中で、最も共感した本を掲載します。
これらは、私が今でも再読すべきだと確信している本であり、私という存在の言語身体を構成しているものであり、より適切かつ過激な表現を赦されるならば、私で「ある(sein)」ことの証明です。


哲学への寄与論稿-性起から(性起について)- ハイデッガー全集 第65巻哲学への寄与論稿-性起から(性起について)- ハイデッガー全集 第65巻
(2005/06)
ハイデッガー辻村 公一

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マルティン・ハイデッガー『哲学への寄与論稿(性起について)』

これがやはり筆頭にきます。
本作は、ハイデジェリアンから熱烈に支持され続けているハイデッガー思想の「暗黒面」の総決算です。
これは彼がナチスに入党する直前期に、密かに書き溜めていたものの集合体であり、ハイデッガーそのひとの魂を知る上での必読書といって良いと思います。
『有と時』では顕在化されなかった「底無しの深淵」「最後の神」「大地と天空の戦い」「大いなる火」などといった、衝撃的な概念が極めて美しく記されており、圧倒的な存在感を持ち続けています。
これを読む前と、読み込み終えた後では、世界認識が完全に変革します。
私の中で本書は革命的な聖書であり、同時に悪魔の書でもあり、非常に問題的です。

死を与える (ちくま学芸文庫)死を与える (ちくま学芸文庫)
(2004/12/09)
J・デリダ

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ジャック・デリダ『死を与える』

これはデリダが書いたイサク論です。
この中で彼は、「キリスト教には、未だ何かが到来していない」という極めて暗示的なテクストを記しています。
デリダ自身は『割礼告白』で自身のユダヤ的出自を綴っていますが、本書は彼のいう「脱構築」的な読解が旧約聖書に向けられた実例であり、その読解方法の手捌きには脱帽です。
私がデリダに惹かれる理由は非常に通俗的な理由なので、あえて記しません。
ただ、デリダはともかく、デリダリアンたちが(特にアメリカの!)極めて表層的な読解しか展開できていないことを鑑みると、読むべきなのはデリダのみで、デリダ主義者たちの本ではないと断言します。

ちなみに、私はデリダ思想の核心が記されているのは、彼の絵画論『盲者の記憶』であるという異端的見解を持っています。
いずれにせよ、デリダの独特な暗さ、ハイデガーに対する尊敬と批判精神などを含め、真に信頼できる哲学者であるといえるでしょう。

ヒルデガルト・フォン・ビンゲン―女性的なるものの神学ヒルデガルト・フォン・ビンゲン―女性的なるものの神学
(1999/03)
バーバラ・J. ニューマン

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バーバラ・ニューマン 『ヒルデガルト・フォン・ビンゲン 女性的なるものの神学』

本書を熱心に紹介しているサイトや評者を私は全く知りません。
この本は、私がこれまで読んできた神学関連の本の中で、最高にエロティックでセクシーな概念で満ちています。
まず、本書においては神そのものがマトリックス(子宮)として把捉されているばかりか、キリスト自身を女性的に再表象しています。
ファロス中心主義的なキリスト教の意味体系を、女性原理から「脱構築」することに成功した、本当に稀有な書物です。
もしもカトリシズムの基礎学習なしにこれを読むと、「エロスの教団の教義書」と誤解されかねない危険性すら含んだ甘美な概念世界で満ちています。
私はこの本を読んでから、ニューマンという女性神学者とヒルデガルト双方に関心を持ちましたが、残念ながらニューマンの書物はこの一冊しか翻訳されていません。

本ブログでは、ヒルデガルトの意味系列の特集ページを設けているので、仔細はそちらを参照下さい。



幼いイエスの聖テレーズ自叙伝―その三つの原稿幼いイエスの聖テレーズ自叙伝―その三つの原稿
(1996/10)
テレーズ

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幼きイエスの聖テレーズ 『小さき花 (自叙伝/完全版)』

そして、四冊目がやはりこれです。
カトリックの女性で、彼女を知らないひとは存在しません。
それほどに有名であると同時に、非常に切なくなるほど美しい感性の持ち主です。
私の洗礼名はヨアンネス・ホ・バプティステス(洗礼者聖ヨハネ)ですが、もし私に娘が生まれたら、聖ジャンヌ・ダルクか彼女を洗礼名に与えたくなるほど、非常に愛らしくて美しい20世紀の聖女です。
彼女の考えについても、私なりの直観を掲載しています。
ただ、これは「解体」されてしまうような類の神学書や哲学書では毛頭ありません。
これは「意味」ですらありません。
これは「愛」であり、すなわち「意味」という次元が世界に生起する直前期に既にそこにあった「愛」であり、総体的に表現すれば、「神から抱きしめられ続けている存在者としての現代人」というテーマで把捉されるべき何かなのです。

私が世界で最高に尊敬し、かつ愛している書き手はそれほど多くはいませんが、女性的存在者の中ではヒルデガルトと並んで幼きイエスの聖テレーズは「大いなる母」といって良いでしょう。







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