† 建築学 †

トーマス・ファン・レーウェン『摩天楼とアメリカの欲望』

摩天楼とアメリカの欲望 摩天楼とアメリカの欲望
トーマス・ファン レーウェン (2006/09)
工作舎

この商品の詳細を見る


摩天楼とアメリカの欲望
[原書名:The Skyward Trend of Thought : Metaphysics of the American Skyscraper〈Leeuwen, Thomas van〉 ]
ISBN:9784875023975 (4875023979)
383p 21cm(A5)
工作舎 (2006-09-11出版)

・レーウェン,トーマス・ファン【著】〈Leeuwen,Thomas van〉・三宅 理一・木下 壽子【訳】
[A5 判] NDC分類:526.9 販売価:\3,990(税込) (本体価:\3,800)



近代建築史においては、「高層の商業ビル」としてほとんど等閑視されてきたアメリカの超高層ビル、摩天楼。
一九世紀末から二〇世紀初頭にかけて、熱帯雨林の突出木のように出現した摩天楼は、アメリカの富とビジネスの象徴であるとともに古来、聖なる山や宇宙樹、バベルの塔などに託してきた人類普遍の夢の象徴でもあった。
「商業の大聖堂」を建てた百貨店王フランク・ウールワース、「世界最高にして世界の中心」の自社ビル建設をめざした新聞王ジョゼフ・ピュリッツアーなど、世俗の権力欲と霊的昂揚への憧憬のダイナミズムをあわせもつ摩天楼の魅力に迫る。

序章 すばらしき摩天楼の時代
第1章 天空志向「摩天楼―革新か伝統か」
第2章 万物の復興、あるいは摩天楼の再興
第3章 聖なる摩天楼と世俗的な大聖堂
第4章 自然成長の神話―新聞ビジネスの夢
第5章 自然成長の神話2―アメリカ精神の伏流


天空への妄想と神話
……十九世紀後半から二十世紀前半にかけて、シカゴやニューヨークを襲った摩天楼熱の背景には、技術論や様式論をこえた「欲望」の組織的動員があったことがよくわかる。その「神話的構造」が、行き届いた調査によってみごとに炙りだされている。……


レーウェン,トーマス・ファン[レーウェン,トーマスファン][Leeuwen,Thomas van]
1941生まれ。ライデン大学教授として、長年にわたり建築史・文化史・芸術批評を講ずる。1971年にアメリカに渡り、ドキュメンタリーフィルムの制作スタッフやコロンビア大学の客員教授、ワシントンDCのナショナルギャラリー研究員などを歴任。アメリカ建築史のみならずヨーロッパ精神史全般にわたる該博な知識とジャンルにとらわれない軽快なフットワークにより多彩な活動を展開

三宅理一[ミヤケリイチ]
1948生まれ。1972年、東京大学工学部建築学科卒業。75年よりフランス政府給費留学生としてエコール・デ・ボザール、パリ=ソルボンヌ大学に留学。79年卒業。芝浦工業大学教授、リエージュ大学客員教授を経て99年より慶応義塾大学大学院政策メディア研究科教授。専門は、建築史、地域計画、デザイン理論で、文明論的な視点から世界各地で文化振興、遺産保護、地域振興等のプログラムを手がける。ルーマニア、中国での世界遺産保護、フィンランドのアートガーデン計画などを実施する一方、ポンピドーセンターやドイツ建築博物館、ヴィトラ・デザイン・ミュージアム等で共同展示企画を実現

木下壽子[キノシタトシコ]
1969生まれ。1993年、日本女子大学家政学部住居学科卒業。芝浦工業大学大学院修士課程修了後、英国に留学。96年、ロンドン大学大学院修士課程を修了後、ロータリー財団国際親善奨学生としてグラスゴー大学マッキントッシュ建築学校で研究を行う。東京理科大学非常勤講師などを経て、現在、東京大学大学院工学系研究科松村研究室博士課程に在籍。研究、執筆、翻訳活動のかたわら、(株)アビターレ代表取締役として、集合住宅の企画・管理事業も推進(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)


「メモ」

本書は非常にスリリングなニューヨーク摩天楼(スカイスクレーパー)論である。
まず、著者はアメリカ、とりわけニューヨークを「ネオ・バビロン」であると位置付けている。
本書はおそらくある概念に基いて執筆されている。
それはsimilarity、つまり相似性である。
本書においては、随所にバビロン的原型―ニューヨーク的変奏といったプラトニックな思考フレームが垣間見られる。
例えば、

コロンブス―ノア
メイフラワー号―方舟
アメリカ―セナーの地/商業的エデン/新世界
アメリカの摩天楼―バベルの塔



こういった象徴―変奏の二項対立式列挙が散見される。
興味深いのはニューヨークの都市開発計画において使用された景観図と、バビロンの街の景観図の驚愕すべきsimilarityである。
本書のp64にはヨハン・フィッシャー・フォン・エルラッハが描いた「バビロンの景観」と、ブルーノ・タウトのニューヨークの理想像である「都市の冠」が並べられて掲載されている。
そして、双方はまるで「同じ一つの都市」であるかのように相似形を成しているのだ。
つまり、当時のアメリカの近代都市計画において、明らかに古代バビロンの都市景観図が反復されているということである。
すなわち、ニューヨークに乱立する幾多の摩天楼とは、現代のバベルの塔なのである。

バベルの塔とは「多言語化/多民族化」の象徴であるが、アメリカはまさに「人種のサラダボウル」と渾名されるように、「多言語/多民族」国家である。したがってここで、<ニューヨーク性=バビロン性>という時空を越えた相似性が浮き彫りとなる。
この辺りは本書でも最も知的興奮を誘う箇所である。

著者によれば、アメリカ性の下部構造にあるのは、「物質主義+プラグマティズム」である。しかしアメリカ性はこの反対項として「形而上学/神学」を担っており、このアメリカ性の形而上学的側面がアメリカ・フロンティア精神の核心であると思われる。

p103にもやはりニューヨークの「ホテル・ニューヨーカー」とエルサレム神殿の「グレート・ポーチ」の相似性が図版として掲載されている。近代アメリカは、古代バビロンの復興形態だと示唆されている。

挿話にも興味深いものが幾つも用いられている。
例えば、エドガー・アラン・ポーが二十世紀アメリカを洞察した『メロンタ・タウタ』には「古代アメリカの教会」という言葉が登場する。ポーによれば、これは「摩天楼」を意味する。
古代バビロンにおける神殿が近代アメリカの摩天楼として反復され、更に未来においては、そうした古代ニューヨークの摩天楼が別の未来バビロンにおける神殿として反復される、といういわば円環的歴史観がここで暗に示されていることにも注意が必要だろう。

少し長くなるが、著者が本書で述べていることを要約している箇所がある。

ラスキンは、全ての塔は当然のごとく模範的な塔であるバベルの塔にたち返るということを認めていたが、全ての塔状建築に潜む衝動は、アルベルトゥス・マグヌスの「個物に先立つ普遍」としての前建築であり、全ての塔はまったくゼロの状態からデザインされるべきことを明らかにした。・・・そして事実、塔を建てんとする衝動は、見慣れたものの限界を試し、未知のものを探求するという冒険者の感覚を前提としている。これは結果的に、慣習的で伝統的なものを排除し、したがってモデルと類型が存在しないことを必要条件とする。最初に塔を建設した者は、イカロスとプロメテウスの好奇心にも似た衝動に衝き動かされ、知識の壁を破るという仕事に着手した。・・・一定の原型的イメージから、形態なるものが生み出されていったのである。・・・古代バビロニアの人々も十九世紀のアメリカ人もこの思想を分かち合い、そこから垂直性の概念と野心とを引き出した。・・・永劫回帰において現在と過去が出会う。・・・長きにわたり忘れられたかのように思えたものは、先例のない新しいものとして、すなわち万物の復興(アポカタスタシス)として姿を現す。(p98~99)



アポカタスタシスというのはストア派の概念で「全面的反復」を意味している。
著者はここでドゥルーズの差異の概念を適用させてはいない。
しかし、「反復の中に差異は孕まれている」のであるから、<古代ニューヨーク―ネオ・バビロニア>という相似性はドゥルーズ差異論を看取するか、あるいはマラブーのいう「差異変換」「可塑性」、デリダの「差延」といったフレームとして解釈すべきであろう。

塔を建てる者全てが持つ「天空志向性」。
エルサレム神殿においてはヤハウェを目指して、ニューヨークの摩天楼においてはデミウルゴスを目指しているかのようだ。




関連記事
スポンサーサイト
*Edit TB(-) | CO(0)



~ Comment ~















管理者にだけ表示を許可する

Back      Next