† 文芸理論 †

憧れの先輩を、校庭の片隅で見つめる繊細な少年としてのニーチェ――新しいニーチェ論の地平に向けて

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          by Gottfried Helnwein

 

 今の時代、ニーチェのような人間はどこにもいなくなった。かつてニーチェを愛してニーチェのように生きようと希求していた青年も、いつの間にか平凡な凡夫に収まる。我々は常に、ニーチェが読者になっていることを想定して書く必要がある。



「 いっさいの書かれたもののうち、私はただ、血をもって書かれたもののみを愛する。血をもって書け。そうすれば、君は知るだろう。血が精神であることを。
 ひとの血を理解するのは、たやすくできることではない。わたしは読書する怠け者を憎む。読者とはどんなものかを知っている者は、読者のためには最早何事もしないだろう。もう一世紀こういう読者の世界が続けば、精神そのものが悪臭を放つようになるだろう。万人が読むことを覚えるということは、長期にわたっては、書くことばかりでなく、考えることをも堕落させる。

 血と寸鉄の言で書く者は、読まれることを欲しない。
 そらんじられることを欲する。 」

                『ツァラトゥストラ』「読むことと書くこと」






「 民衆は、真に偉大であるもの、すなわち創造する力に対しては、ほとんど理解力が無い。市場と名声とを離れたところで、全ての偉大なものは生い立つ。市場と名声を離れたところに、昔から、新しい価値の創造者たちは住んでいた。
 逃れよ、私の友よ、君の孤独の中へ。
 私は、君が毒ある蝿どもの群れに刺されているのを見る。逃れよ、強壮な風の吹くところへ。
 逃れよ、君の孤独の中へ。君は、ちっぽけな者たち、みじめな者たちの、あまりに近くに生きていた。目に見えぬ彼らの復讐から逃れよ。君に対して彼らは復讐心以外の何物でもないのだ。
 彼らに向かって、最早腕をあげるな。彼らの数は限りが無い。蝿たたきになることは、君の運命ではない。

 君に向かうと、彼らは自分を小さく感ずる。そして彼らの低劣は、君への目に見えない復讐となって燃え上がる。君は気がつかなかったか、君が彼らの前に姿を現すと、彼らがしばしば口を閉ざしたことを。そして、消えゆく火から煙が去っていくように、彼らから力が抜けていったことを。
 君の隣人たちは、常に毒ある蝿であるだろう。君の偉大さ、それが彼らをいよいよ有毒にし、いよいよ蝿にせずにはおかぬのだ。
 
 逃れよ、私の友よ、君の孤独の中へ。
 強壮な風の吹くところへ。
 蝿たたきになることは、君の運命ではない。 」

               『ツァラトゥストラ』「市場の蝿」






「 君たちの目は、つねに敵を、君たちの敵を、探し求めていなければならぬ。
 私は君たちに労働をせよとは勧めない。戦闘につけと勧める。平和を欲せよと勧めない。勝利を欲せよと勧める。君たちの労働は戦闘であれ。君たちの平和は勝利であれ。

 戦争と勇気は、隣人愛がしたよりも数多くの偉大な事柄をしてきた。今までに危難に陥った者たちを救ったのは、君たちの憐れみではなく、勇敢さであった。

 生への君たちの愛は、君たちの最高の希望への愛であれ。そして君たちの最高の希望とは、生についての君たちの最高の思想であれ。
 
 長く生きることに何の意味があるか。およそ、労われることを望む戦士があるだろうか。私は君たちを労わりはしない。私は君たちを徹底的に愛する。私と共に戦っている兄弟として。 」

                『ツァラトゥストラ』「戦争と戦士」






 ニーチェとは、音楽である。通奏低音、魂の底流に、自然に流れるメロディーである。私はこれを書き写していて改めて実感したのだが、ニーチェは高校生にも理解できる判り易い言葉で、これほど衝迫力のある瑞々しい生の言葉を放出している。
 私が特に感じたのは、「敵」についてのニーチェの考え方である。ニーチェは先天的に極めて闘争本能の高い哲人であったが、彼はまるで「自分に相応しい最強の敵」を探し求める狩人のようだ。彼が「死に場所」を探しているという仮説は案外、正しいかもしれない。実に、生き急ぐかのように見える彼の言葉は、炎のような圧倒的な力で覆われている。ニーチェは、やはり私がこれまで読んできた書き手の中で、最大にして最高の存在者である。彼の有するエクリチュールの天才的な才能に匹敵するのは、今の私にはパトモスのヨハネしか思い当たる例がない。ハイデガーの「最後の神」を収録した衝撃作『哲学への寄与』も確かに、禍々しいほどのフォースを放っているが、ニーチェの『ツァラトゥストラ』には力の潜在的な質、量の点で共に劣っている。
 
 ニーチェが「読者のために書く芸術」を見て哄笑し、「汝、何故自らの血と寸鉄のために書かぬのか! 」と鉄槌を下す箇所は非常にニーチェらしい。ニーチェは将来の者、将来自分を読む大いなる未来の青年たちのために書いている。彼の敵は同時代に存在しないし、むしろ現代に存在しているのである。
 今思うが、ニーチェはやはり戦士であった。彼の晩年の狂気は、彼自身の戦争による「戦死」である。ニーチェは二千年の歴史を誇るキリスト教神学、及びキリスト教文化の総体に「決戦」を挑み、「相打ち」を果たしたのである。キリスト教は確かに思想上、「死」の捺印を捺されたが、ニーチェもその凄まじい返り血を浴びて、絶叫しながら戦死していった。極めて美しい、最高の戦士特有の、有終の美である。
 
 ただし、一点だけ誤解を防ぐために記述しておくべきことがある。ニーチェは確かにキリスト教と全身全霊をこめて死闘を繰り広げた人間であるが、ナザレのイエスに対しては、愕くほどの敬意を払っている。以下を参照せよ。



「 わたしの兄弟たちよ、私のいうことを信ぜよ。彼はあまりに早く死んだのだ。もし彼が生き続けていて私の年齢に達していたなら、彼は彼の教えを撤回したことだろう。撤回をなしうるほど、彼は高貴なひとであった」

              『ツァラトゥストラ』「自由な死」





 表層的にしかニーチェを読解していない新書好きの畜群たちには知られていないことであるが、ニーチェは「彼」を、すなわちナザレのイエスを「高貴なひと」と評している。そして、ニーチェのツァラトゥストラもまた、「高貴なひと」であるという自負を有する。つまり、ニーチェはここで、イエスを「最高の友であり、最高の敵」として認識しているわけである。
 ニーチェが憎悪していたのは、イエスなのではない。そうではなくて、イエスの教えを教養俗物化させ、陳腐なゴシップ好きの社会に変えてしまったキリスト教文化、キリスト教的な価値観に対して徹底して闘いを挑んでいるのである。ニーチェと同様、ナザレのイエスは、ニーチェのように極めて高い教育を受けていないにも関わらず圧倒的な言葉の力を宿した人間であった。ニーチェは二十四歳でバーゼル大学古典文献学の教授に抜擢されているが、イエスが二十四歳の頃は史実的に、おそらくヨセフの下でマリアらと共に大工として生活していた。二人は時代、国家、経歴こそまるで異なる。しかし、二人は「真理」において深く密接に共鳴している。
 ニーチェは、人間を経歴や人種、年齢で評価しない。一部の不勉強な研究者は、ニーチェを「反ユダヤ主義のナチズム扇動者」と位置付けているが、ニーチェは妹のエリザベート・ニーチェが反ユダヤ主義を思想に持つ夫と結婚したのを知って、激怒し、失望しているのである。ニーチェは「真理を追う者」を「友」と呼び、「敵」と称する。ニーチェとイエスは、「真理」の名のもとにおいては、手を繋ぎ合いながら、夜になると命懸けで剣を交え合う盟友なのである。
 『ツァラトゥストラ』の文体は、新約聖書の文体の圧倒的な影響下にあるといわれている。それは、ニーチェ自身が、あの時代、あの場所で、もしも自分がナザレのイエスに対面していたら、どのようなことを彼に発したであろうか、ということを意識に置いていたからではなかったか。だが、ツァラトゥストラの冒頭部分で、既に「神の死」が暗示される。それでもなお、ニーチェの中には、彼の家系が代々聖職者を輩出した血筋だけあって、やはりイエスに対する深い憧れと、複雑な断絶の想いがあった気がしてならない。私はニーチェの、イエスに対する感情を読んでいると、まるで「けして振り向いてくれない憧れの男子生徒」に、ずっと苛立ちながらも告白の機会をうかがっていた詩的で繊細な少年を思わせることがある。この少年は、彼に憧れ、彼に底知れない愛を抱いているがゆえに、彼を乗り越え、彼を打倒しようと欲する。ニーチェを語る時に、ナザレのイエスが登場しないテクストは、全て真のニーチェを語っていない。
 

 

※ 引用は全て手塚富雄訳『ツァラトゥストラ』(中公文庫)に拠る。ちなみに、手塚富雄の同じニーチェによる『この人を見よ』が岩波文庫から出ているが、こちらはニーチェの最も強烈なフォースを感じさせる衝撃的な力を持っている。





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~ Comment ~

言い得ておられる!

憧れの先輩、繊細な少年…
お上手でございます(^_^)v

マザーテレサは、愛の反対は無関心と言っておられたけれど、だとするとニーチェは最大の関心があったということでしょうか。

ただ、ニーチェの気持ち分かることもある。なんとなく人間関係の究極は、たいがいの場合、妬み嫉みに行き着くのかもしれないかな〜。ニーチェは、求めるものがビッグだわ…私は、そういったものを求めるのは疲れてしまうから。というよりも、むしろ危ない橋は渡れないのが私かも(笑)結局は、神様への愛が、一番の近道だとしか思えないから(o^^o)

私の夢でなければ、ニーチェは晩年か死の床でか、幼きイエスの聖テレジア自叙伝を、誰かに手渡されて読んだそう。そのときの言葉を忘れてしまったけど、肯定的な返答だったように記憶しているのですが。。
ニューヨーク州のリハビリセンターの壁の落書きを思い出しました。


「大事を成そうとして、力を与えてほしいと神に求めましたが、
慎み深く従順であるようにと、弱さを授かりました。

より偉大なことができるようにと、健康を求めましたが、
より良きことができるようにと、病弱を与えられました。

幸せになろうとして、富を求めましたが、
賢明であるようにと、貧困を授かりました。

世の人々の賞賛を得ようとして、権力を求めましたが、
神の前にひざまずくようにと、弱さを授かりました。

人生を享楽しようとして、あらゆるものを求めましたが、
あらゆることを喜べるようにと、命を授かりました。

求めたものは一つとして、与えられませんでしたが、
願いはすべて聞き届けられました。

神の意向に沿わない者でありましたが、
心の中の言い表せない祈りは、すべてかなえられました。

私はあらゆる人の中で、最も豊かに祝福されたのです。」

ふと思ったのですが、神学生になられて、新しいニーチェ論も含め、新しい時代の神学を展開されてみては⁈

[2013/10/27 23:23]  ミルキー  URL  [ 編集 ]

Re: 言い得ておられる!

ミルキー様、こちらにもコメントありがとうございます。
この記事も随分前に書いたものの定期的更新の一貫です。

ニーチェがキリスト教に敵対しながらもイエスには理解を示し、ミサにも参加していたというのは(特にカトリックへの思い入れ)は有名なエピソードですね。
言葉では「神の死」を書いても、行動では教会で密かに愛を求めようと祈る……人間的、あまりに人間的なニーチェの一面ですね。

私がミルキー様に逆に御意見を窺いたいのは、ブーラン神父の聖母派の教義についてです。
これはヨーロッパでキリスト教の道徳律が脱中心化された近代に入ってから起こったスピリチュアリズムの一つの出来事なのですが、これまで同じカトリックの方と聖母派について話し合ったことがないので、紹介しておきます。
御時間がある時にでも。(「神秘主義」のカテゴリーに収録してあります)
[2013/10/29 02:00]  TOMOHISA  URL  [ 編集 ]















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