† 文芸理論 †

「論考」と、「小説」を、別個のスタイルとして完全に分けることの必要性

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by Gerhard Richter


私は今、少し長めの小説を書いているのだが、書いているうちにあることを知った。
それは、ブログで「論考」として書くべきものを、小説の中にも登場させてしまう癖が存在するということである。
もちろん、クンデラのような作家は、例えば『存在のたえられない軽さ』において、多少の評論めいたことを含ませているし、ビラ=マタスの『バートルビー』もまさに、評論的なテクストで構成されている。
しかし、私は「ごちゃまぜ」に美を感じるべきではない。
峻別すべきだ。
したがって、私は今後、ある一つの作法を自分に課す。
それは、私が「考えたこと」は、ブログで「論考」として提示し、物語として構想したもの、つまりエンターテイメントであれ純文学的なものであれ、それが小説としてある限りは、純粋に「小説」の構造を持たせるという当たり前のことの再認識である。
実は、私は十八歳くらいの頃からまさに今まで、これを「ごちゃまぜ」にしていた。
そのおかげで、随分と各サイトの評者には迷惑をかけたかもしれない。


もう少し具体化すると、私は二十一歳の時に洗礼を受けたので、三年が経過したことになるという状況がある。
その三年という、いうなれば「中学生活」とか、「高校生活」の、一つの区切りなる期間において、私なりに感じてきたことを、何らかの洗練された形式で表現すべき機会を多く持ったのは事実である。
このような中で、私は普段からブログを書いていた。
そして、私の関心が神学や哲学に限定されていたような期間もあり、かなり本気で真面目な論考を仕上げた。
こうした作業の中で、私は自分の宗教心を内省する機会を幾度も得てきた。
しかし、関心の対象の表現という問題においては、私は極めて未熟であった。
私は「論考」であれ、「小説」であれ、それが「書かれたもの」である以上、形式を問わずに「作品」と呼んでいた。
そういう作風も確かに海外作家の作品に存在していることが、私の表現の洗練を鈍らせていた。
今、こうして振り返ってみて、私は改めて自分にとっての「宗教」の問題、あるいは「哲学」の問題を、「論考」という形式でブログに投稿していくべきだと感じる。
それはつまり、小説を書く時は、そういった「論考を書く時の作風、文体」を、できるだけ捨象するということに他ならない。
すなわち、私が「書く」という行為が、以下のように分別される必要がある、ということを私は悟った。


1、「論考」形式のテクスト――主として書籍の読書感想、あるいは、そこから考えたものなど
2、「小説」形式のテクスト――物語として、起承転結の構成をしっかりと持ってメッセージを強力に発信できるテクスト



このように、「書く」という行為を意図的に分離させることで、両者のキメラ的な、あまり美的ではない小説が算出されずにすむ。
これは、私が分離させずに、1と2のキメラを無自覚に生産してきたことの反省を受けている。
小説は、小説らしく。
論文は、論文らしく。
それらを区別することで、私自身の「書いているうちに自信を喪失する」という事態が回避できると前向きに予想できるのである。


そもそも、何故、キメラが生まれたのかといえば、私がいうまでもないが小説よりも哲学や、宗教関連の書籍に価値を見出す傾向が強いからである。
私はそういった内容の本、例えばハイデッガー全集であれ、『スッタニパータ』であれ、『幼きイエスの聖テレーズ自叙伝 小さき花』であれ、読んだ限りは何かを感じ、それを自分なりに消化して、テクストとして編み直すという作業を続けてきた-続けている。
当然、読んだ本の文体の影響を受け始めることになる。
しかし、初めから「評論家」や「思想家」という肩書きに惹かれない私は、あくまでも表現としては「小説」も書いてきた。
ブログで「評論」を書き、それとは別に「小説」を書いた。
時には、この二つのテーマが同じで、表現形式の異なるジャンルから同じテーマを追うこともした。
そうした過程で、私はいつしか二つを結合させてしまっていた、いうなれば「癒着」が生まれたのだ。
これを、剥離させる。

私は現在の宗教的感情、カトリック教会との距離感、仏教の探究、こうした問題を、やはり「論考」形式で書く方が自分にとって「適正」だと考える。
十字架の聖ヨハネは、宗教的恍惚を「詩」で表現しているが、それは彼が素直に感情を表出した形式が、詩になったからに他ならない。
私の適正は、「論考」である。
しかし、それを出版するとか、そのようなことを私は考えていない。
私は、ある高校生が映画を観て、その感想を表現する、そこから何かを考える、といった程度のことを自分のこのブログで行っている、ただそれだけだ。
また、CiNiに掲載されているような厳密な「論文」を書く意志はない。
私がしているのは、「思考」であり、それはブログがあれば誰もが可能なのである、そこにウェブ2・0の最大の魅力がある。

そういうわけで、長くなったが、私はまず初めに「論考」を書き、それでも表現しきれない「何か」を感じ始めた時、初めて「小説」にシフトする。
私は「小説」を愛しているが、全ての小説を愛しているのではない。
私が愛している小説は実は極めて少数で、その全てが例外なく哲学的に難解なテーマを抱え込んでいた。
例えば、ベケットの戯曲、ブランショの小説、ボルヘスの短編、ダンテ。

まず全てを論考としてテクストにする。
その作業をして、回収しきれない「何か」を小説で今度は表現する。
これによって、いきなり小説を書き、曖昧な形式で論考が顔を出して読者が辛く感じる、というようなことを避ける。
これは、実は私自身のボルヘスの『伝奇集』への批判でもある。
彼は、はっきりと「評論」を書いていない。
かといって、それは「小説」でもない。
「エッセー」かと思えば、著者が架空という設定だったりする。
要するに、あれは「ボルヘス語」で書かれていたのである。
例えば、ボルヘスには「神曲講義」という本があるが、あれも別に「講義」にする必要などなく、彼なら「小説」のような形式でも書けただろう。
ボルヘスの論文が「エッセー」と彼によって名付けられるのは、「厳密さ」と「学問性」を求める世界からの防衛であり、いわば彼が「作家寄り」だということのアピールである。


このような中途半端な形式を持ったボルヘスの作風から学ぶことはできない。
やはり、小説なら小説らしく書くべきだ。
そして、考えを深化させてゆきたいのであれば、小説をわざわざ無理に選ばず、論考として仕上げるべきだ。
キメラ化させると、「脆弱なボルヘスの息子たち」に陥るだけだ。


そういうわけで、私は二つの系統を持って、「書く」。
時にはそれを選びながら。



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