† 映画 †

『美女と野獣』は、何故あれほど素敵な物語なのだろう

生まれて初めてディズニー映画を観たのは、確か『アラジン』だったと思う。
子供ながらに本当に楽しんで観ていて、私の妹も弟も大好きだった。

でも、私が今でもその素晴らしさに耽溺してしまうのは、やはり『美女と野獣』だ。
私の母親が、王子さまに戻る前の、苦悩している野獣が好きだ、などと昔私に語ってくれたことがあった。
その時の母親の感覚は、今の私にも伝わる。
このステンドグラスのように美しく神秘的な物語で、一番私が共感するのは、「野獣」になっている状態の王子の「やりきれなさ」、「孤独感」、「挫折感」であって、ディズニー映画にしては怖ろしくシリアスな台詞も存在した。
例えば、ベルが「どうすればいいの? 」と、地下牢に幽閉された父親の解放を懇願するシーンで、野獣が一言「何をやってもだめだ」と返す台詞がある。
この台詞は、たんに父親の解放の交渉に対して相手が圧倒的に不利だということではなくて、むしろ、野獣自身が「もうもとの人間には戻れないのだ」と絶望し、悲嘆している魂の叫びを、静かに表現したものだと読むこともできる。

『美女と野獣』を観ていると、現代社会の様々な人間関係による「苦しみ」を、野獣がその挫折を通して象徴化しているような気がしてくる。
いずれにしても、ディズニー映画の中では、誰もが認める古典的な名作の一つだろう。

ちなみに、私の母と妹は私以上にこの作品のファンで、劇団四季の同名のミュージカルを観に行くほどだ。


関連記事
スポンサーサイト
*Edit TB(0) | CO(0)



~ Comment ~















管理者にだけ表示を許可する

~ Trackback ~


Back      Next