† 文芸理論 †

考える、整理する (+

SaulinaMenulynaAkiss   Paraskevopoulos7


「Saulyna Menulyna by Akiss Paraskevopoulos」


私が小説にこれほどまでに執着せざるをえないのは、小説が哲学、及び宗教と性格を完全に異にしているからである。
哲学は我々を整理し、前進させる。
宗教は我々の孤独に対して、「君は一人ではない」ということを悟らしめる。

文学は?

文学は、それらを全て裏切る。
文学、文学の美は、そして脅威は、まさに書く行為によって主体を破壊し尽くすことにこそある。
文学は、そうであるがゆえに、「狂気」を解放するための手段としてあらねばならない。

文学は、「前進すること」を己に課す人間が、自ら「後退を欲する」、その瞬間―場の、生起である。
小説家は、絶対的に、堕落し、かつ、滅亡を欲していなければならない。
私は、そのような小説家、あるいは、詩人しか求めない。



広場にとんでいつて
日がな尖塔の上に蹲つておれば
そこぬけに青い空の下で
市がさびれていくのが たのしいのだ
街がくずれていくのが うれしいのだ
やがては 異端の血が流れついて
再びまちが立てられようとも
日がな尖塔の上に蹲つておれば
(ああ そのような 幾百万年)
押さえ切れないほど うれしいのだ

  入沢康夫 「鴉」

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