† 映画 †

黒澤明の『羅生門』と、『こんな夢を見た』



黒澤明の『羅生門』を観た。

中学時代に芥川龍之介の童話集に入っていたはずだが、内容を失念していた。
観終わって、どういうテーマであったのか思い出した。
これは「猜疑心」が世に蔓延る時勢にあって、それでも人を「信じる」ことで生の活路を見出すという美しさを描いている。
ラストで登場する赤子についての二人の男の会話は、その象徴だろう。
三人の人間がいれば、三通りの世界観、三通りの解釈項が現れる、という現象がベースにある。
「世が荒れる」ことの根本原因は、このような基本的な単位での意見の「ズレ」による「決壊」なのかもしれない。
ある人物が見たものを伝達する過程で、情報が他者によって変形するというのはメディア論の基礎としてあるが、これはそうしたテーマをも扱っているといえる。

描写や、訳者の演技も素晴らしくて、いつまでも「新しい」作品だと思った。



同じく、黒澤の『こんな夢を見た』という短編映画集。
日本古来の行事を扱っていて、You Tubeでの外国人レビュアーのコメント数の多さも際立っている。
これを観ていて、若い少女の着る古来の着物、十二単、浴衣の色彩に美しさを感じた。
「可愛い」とか、「キレイ系」などという言葉は現代でも多く耳にするけれども、「妖しい」という表現が美と結び付く感覚は、まさにこういう世界固有のものであると感じる。



『こんな夢を見た』から。
これは黙示録的な終末的世界が舞台で、核爆発による放射能汚染地域で人間、植物に「畸形」が生じている様が描かれている。
タンポポは巨大化し、人間には角が生える。
池では地獄絵図さながらの鬼たちの悲痛な叫びが木霊する。
まさに、ヒロシマ・ナガサキの凄惨な出来事を呼び覚ます、同じ日本人にしかできない衝迫力のある短編作品だろう。
迷い込んだ主人公が、「現代人」としても通用するところに、新しさがあると思われる。



これも短編だが、「トンネル」という作品である。
まだ中学生くらいの頃に、父親と二人でこれを観た記憶がある。
トンネルの奥から、兵隊が行進してきて、「お前はもう戦死したのだ」というシーンは衝撃的だったので覚えている。
こうして改めて観てみると、テーマは重いが、どこか幻想的な雰囲気を持った作品でもあったということにも気付いた。
日頃から、映画は2時間くらいのものを観ることが多いが、短編集という形式は様々な作風やテーマが詰まっていて充実している。





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