† 展覧会 †

ウフィツィ美術館自画像コレクション展 Ⅰ

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今日は朝から国立国際美術館で開かれている「ウフィツィ美術館自画像コレクション展」を観覧してきました。
これは私が二年間働いた自分への「ごくろうさま」という意味をこめたイベントだったりします。
もう少しで彼女と東京でも芸術系のイベントに参加するつもりですが、今回は一足先に一人で愉しんできました。

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ガラス型のピラミッドの地下三階という斬新な構造の美術館です。
建物自体がアート、という構造の美術館はかなり好きです。


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日曜日なので混雑を予想していたのですが、午前中ということもあってとても観易かったのでした。
明らかに大学教授といった雰囲気の白髪のおばあさんや、上品な雰囲気の若い女性、メモを取っている熱心な美大生風の男の子、それに疎らに家族連れも来館しておられました。
私もその中の、絵画好きな一人として、ディオールで正装して画廊を歩いておりました。


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今回、テーマが「自画像」ということで、私が考えたかったことは二つありました。
一つは、「自画像とナルシシズムの関係性」です。
スタイルを持った画家が自分の姿をタブローに描く場合、必ずそこにはそのスタイルによって「デフォルメ」された――美化された、あるいは奇怪化された――何らかの「解釈」が介在するはずです。

例えば、自分を実際の外見よりも美化して描く場合、描かれた自己は自分の願望を反映している姿なわけですが、この姿は「他者」とは何かを考える上でも大切だと思うのです。
デリダは『盲者の記憶』の中で、自画像と自己愛の関係性について少し触れていますが、私はその本から敷衍して、「画家は究極的には正確な自画像を描けない」と考えるようになりました。
これは写真家の場合も同じで、仮に写真家が自分を撮影して、「これが私だ」と主張したとしても、そこには彼によって作為的に決定されたアングルであるとか、撮影技法などが介在します。
要するに、「描かれた自己」は、常に既に、「他者化」の作用を受けるわけです。

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このページでは、軽くカタログ内から紹介するに留めますが、画廊を歩いていて、個人的にぐっと惹かれた作品、印象に残った作品というものが幾つもありました。
次回は、それらの中からもう一度、「自己」、「他者」、「デフォルメ」などについて思考できる作品を選んで、記事をアップしようと考えています。

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