† 文学 †

ヘルタ・ミュラーの短編集から~

ヘルタ・ミュラー短編集 澱みヘルタ・ミュラー短編集 澱み
(2010/10/14)
ヘルタ・ミュラー

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ヘルタ・ミュラーは2009年にノーベル文学賞を受賞した、若い頃の美貌を感じさせるルーマニア生まれのドイツ系女流作家である。
これは彼女が内面的な苦悩から、書かざるを得なかったという短編集である。

「ヴルッチュマンさん」の感想だけここに書いておきたい。

これは、よくある話といえばそうなのだが、戦争世代の老人が「イマドキの若者は! たるんどる! 」と文句をいう作品である。
ただ、それだけなのだが、彼の属していた時代と今の時代の差異を知る上で面白い。
そのまま、この老人を日本の戦中世代と、80年代以降の「たるんどる世代」の比較として読めるからだ。

時代が強烈なドラマ性を持つ世紀がある。
20世紀は日本でも確かにそうだった。
しかし、現代は諸個人の「内面」の「不安」の時代であって、それが国家をまたぐ「戦争」といった大規模的なものではない。
断言するが、日本はヤン・パトチカの表現を借りれば、「夜を孕んだ昼の国家」である。
当然、「夜」になる不安は漠然とあるが、それらは曖昧に漂っているだけで、いわばニュース番組などから齎された「不安」が画面の上でゲル状に沈殿しているような様相である。

この作品ではそうした時代を生き抜いた老人が語り始めるが、彼は時代に流されずに「自分」に「自信」を持って生きていた。
それは、今でこそただの「ガミガミジジイ」かもしれないが、ミュラーは少なくとも一方的にあしらわず、むしろ耳を傾けている。
時代に強烈なカラーがない現代日本を、自分に「自信」を持って生きるためには、我々には「居場所」が必要である。
例えば、「小説を書く」という武器。
私の場合なら、「カトリック教会」も、時代に流されない不動の支柱の一つである。
そういうものが集合して時代とは別の、個性を生むと私は主張したい。

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[2010/12/22 17:47]      [ 編集 ]

夕凪さまへ

こんばんは^^
前のマルケスの記事、更新したつもりでしたが消してしまったみたいですみません。でも全部作品の感想読ませてもらいましたよ~。

夕凪さん的には、つまり「ボルヘス」的な文体で、しかも読者にわかりやすく書いて欲しい、ということですよね。
できればニーチェみたいに、力強く、魂をこめて。

これについてなんですが、ボルヘス的なスタイルで書いたのが、星空文庫にある「Page Not Found」の小説たちです。
で、ニーチェのノリで書いたのはまだなかったりしますね。
大江健三郎の影響を受けた文体の習作などはありますが、やはりニーチェが「わかりやすさ」と、「力強さ」の点で、文学的に応用価値が高そうですね^^

ありがたい御指摘です。
ちなみに、王子様は貴女が占い師になって、どこかの街で黒ミサを開くようなユルスナール的短編小説を書いてくれるのを待っています。
[2010/12/23 01:08]  鈴村智一郎  URL  [ 編集 ]















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