† キリスト教神学 †

創世記は人為的に編纂されたものである以上、10章と、11章に見られるような、時系列の逆転が、発生しうる

創世記を、注意深く読んだことのある読者なら既に知っているかもしれないが、これは時系列に沿って書かれたわけでは、ないのである。
その証拠に、10章と、11章は、明らかに、順序が逆である。
もともと、創世記とは、一人の作者が書き上げたものではなく、古代イスラエルに存在していた、数多くの創世神話を、多くの編者たちが、編み上げた―練成した、ものなのである。
ちなみに、学術的な観点からおおよその成立年代も算定されており、創世記は、バビロニア捕囚期、前550年前後に、ほぼ現在の形式として、編集され終えたのである。

私が編者の一人であれば、先にバベルの塔の挿話を入れた後に、言語の多数化の状況を、読者に告知するわけ、である。
11章の冒頭では、言語が単数であった、と明記されているが、10章後半には、既に民族、国家、言語、の、数多化の状況が、具体的な固有名詞と共に、並列表記されているのである。
ゆえに、状況を、時間軸に合わせて正確に鑑みると、明らかに、10章は、11章によって起きた言語のバベルの、後の出来事の説明、なのである。
このような編集上における、不可思議な点は、創世記が、人為的に編纂されたものであるということを告げるに十分である。

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