† 神秘主義 †

東ヨーロッパに広範囲に見られた「水死」の伝承についてーー民間説話研究の第一人者、ロルフ・W・ブレードニヒ『運命の女神』

運命の女神運命の女神
(2005/06/01)
ロルフ・W・ブレードニヒ

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ヨーロッパにおける民間説話研究の第一人者であるロルフ・W・ブレードニヒの『運命の女神』に、私の境遇と接近した説話群を発見し、非常に愕いた。
これはどれも東ヨーロッパに、キリスト教の影響を全く受けずに独自に形成され、広範囲の地域で共通して見られる説話である。

「ある女に、一人の子が生まれた。
その女のところに親切な隣人がやってきた
“貴女の子は、しかじかの日に井戸で溺れ死んでしまうでしょう”
そこで、母親は定められた日にはしっかりと井戸にふたをした。
ところが、しばらくして子供は忽然と姿を消し、
やがて井戸のふたの上で死んでいるのが発見された



これを「基本形」として、類似した説話が無数に存在するという。
一体、起源に何が起きたというのか?

最初の下線の部分が、「予知夢」で知らされるというパターンも存在する。
また、最後の下線が、「井戸のそばで寄り添うようにして死んでいた」という記述も存在するという。
こうした「水死」をめぐる説話に、私は極めて強い衝撃を感じる。

既に詩で何度も綴ってきたが、私は少年時代に実際に池で水死直前になり、水面から手だけ出ている状態を、妹を抱っこしていた母親にたまたま見つけられて救出された、という体験を持っている。
これは私の「信仰」と密接に関与している。
「運命」は「女性原理」が担う、というものである。

だが、ブレードニヒの紹介するこの説話は、「運命の死」の力が人智を決定的に越えている。
運命の女神といえば、デューラーが描いたあのローマ時代のフォルトゥーナが想起されよう。
デューラーの女神は微笑んでいたが、あの微笑みは「死を与える神」の不吉な笑みであったのか。
いずれにしても、この説話の「水死」の衝迫力は絶大である。
そこにはいかなる「救い」も、「解決策」もない。
手を尽くしても、我々は運命には逆らえないのだ。
運命の働きは、我々を決定的に超越して襲撃するとでもいわんばかりに。

「運命の女神」というのは、もしかすると実質的には「死の支配者」という側面が濃密なのかもしれない。
その最たる例が、かの名高いメレアグロスの伝承である。
これは古代ギリシア時代から脈々と伝わる極めて古い言い伝えである。
典拠としては、ホメロス『イリアス』、オウィディウス『メタモルフォース』、ヒュギヌス『ファブラエ』など、こちらも枚挙に暇が無い。

基本形としては、やはり運命の三女神が出現して、王女に「受胎告知」を行う場面から始まる。
「男の子は美男になるであろう」
「男の子は勇敢になるであろう」
そして三番目の女神がいう台詞が、邪悪なフォルトゥーナの香りを放つ。
「この暖炉の薪が燃え尽きれば、男の子は死ぬであろう」

王女アルタイアは驚愕し、薪を即座に王城の内部に隠す。
以上は、ヒュギヌスの伝えるメレアグロス伝承の概略である。
ヒュギヌス版では王子は死なないが、他では呪いの予言どおりになる。
叔父を殺したメレアグロスを憎悪した母アルタイヤが、狂気と失意のさ中で自ら薪の火を消すという悲劇も存在する。
メレアグロスの話の背景には、ヨーロッパにおける「自分の火」信仰が垣間見える。
これは、人間は「カローンの国(冥国)」に、それぞれ自分の火を有するという伝承である。
この説話にも、類話は数知れない。


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