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09/18のツイートまとめ 

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恐怖と身振りの関係③黒澤清『回路』での幽霊の屈曲的な歩行。見えない実在は生きている人間とはまったく異なる動きを取る。 https://t.co/YymeV7ZZHe
09-18 21:57

恐怖と身振りの関係②『サイレントヒル』シリーズの独立した短篇として高い評価を受ける『P.T.』。この場面は①から非常に大きな影響を受けている。この作品自体、循環する廊下が微分的に差異化する迷宮的な構造を採用している。 https://t.co/iDrS5Hq6zC
09-18 21:53

恐怖と身振りの関係①私のベストホラー映画三指に入る『ジェイコブス・ラダー』の有名な痙攣する上半身シーン。人間がどのような身振り、ないし動作に恐怖を感じるかを非常に上手く捉えている。 https://t.co/KoQbwpYA5k
09-18 21:45

メイヤスーの師バディウの『存在と出来事』。数年以内には藤原書店あたりから出る予感。 https://t.co/tKXrOC13sp
09-18 00:09


09/17のツイートまとめ 

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マルガブはやはり面。ちなみになぜせかの英訳版のカバーはユニコーン。 https://t.co/pYvJlsrxaJ
09-17 23:59

光っている林檎は既に囓られている。 https://t.co/HBvbwDZ9MY
09-17 23:55

日曜日は東山から烏丸まで京都の夜を歩いた。数知れない顔が私の傍を通り過ぎたが、一日も経てばその誰一人として記憶してはいない。 https://t.co/rmKmYBHaPS
09-17 23:54

RT @0anamnesis1: 丸善の京都本店には本当にレモン置き場があった!檸檬日傘まで🍋シモーヌ・ヴェイユ アンソロジーを購入 https://t.co/uVfwgVnFqA
09-17 23:44


09/15のツイートまとめ 

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この限りで事物は常に退隠している(ハーマン)。あるいは、世界は常に自然の斉一性を打ち破る(メイヤスー)。それは外が内との関係においていかなる恒常性も常に破棄し得るということに他ならない。外は内を裏切る。あるいは、内は常に外によって貧しくなる。
09-15 13:07

猫の微笑には、猫という対象が内在する無限に豊かな平面の中から、ある一つの部分が外部環境と創発して外へと押し出される(反り返る)ことであるが、それは必ずしも内=外ではない。内は外よりも無限に豊かな潜勢力を持っている。外化とはその一つが選択され表象を伴って知覚されるだけに過ぎない。
09-15 13:05

外=内を等号で結んでしまうのは古くはパラケルススの特徴表示説に見られるし、表象文化論系統でも例えばディディ=ユベルマンは隠されたものは必ずどこかに代替物形成されるとフロイトを経由して述べていた(『ヴィーナスを開く』)。こういう思考こそまさに、SRが葬り去ろうとしているものだ。
09-15 12:58

要するにメルポンへの批判はドゥルーズにもそのまま妥当してしまうということが一点。
09-15 12:51

しかもドゥルーズは内と外を存在と思考という極めて相関的な要素にまで還元してさえいる。にもかかわらすメルポンの相互包摂は客体を主体の志向性へと偏重的に折り畳んでいると批判している。これはメイヤスーがドゥルーズを主観主義的だと批判した理由になっているのではないか。
09-15 12:49

仮に内在は外に出ているのだと仮定する。その場合、猫が幸せそうな顔で寝ている(外)のは実際に猫の生体機能が十全に機能しており健康的に安眠していること(内)によって「絶対的な」説明を与えれてしまう。花が美しいのは土壌と光の豊かさに。要するに内の特徴は全て外在化しているとみなされる。
09-15 12:45

モンテベロは一義性と内在をドゥルーズ哲学における二つに独立した双璧として位置づける。その上で外と内の襞、折込に内在の極点を見出す。けして「外部とは内部である」とまでは言わないが、少なくとも絡み合いによる内部の外化を認めている。
09-15 12:39

モンテベロのドゥルーズ論は非常にうまく整理されており、ドゥルーズの哲学を理論的に理解する上で必読だと思われる。ただ、少なくとも私が見つけた限りで一つ、非常に重大な見落とし、ないし盲点がある。それはp75のメルロ=ポンティによる外と内の相互包摂を批判する箇所で浮き彫りになっている。
09-15 12:34


09/14のツイートまとめ 

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RT @201yos1: ルーベンスタイン『中世の覚醒  アリストテレス再発見から知の革命へ』(ちくま学芸文庫)、アマゾンでは既に予約が始まっています。11月から七巻本で刊行される『中世思想原典集成精選』(平凡社ライブラリー)を精読する前に、中世思想の全体像に触れるのに最適な書…
09-14 10:36

RT @201yos1: ローマ法王、来年訪日の意向…日程は未定 : 読売新聞「法王は同日行われた「天正遣欧使節顕彰会」(宮崎市)関係者との特別謁見の場で、「来年日本を訪問したい。実現出来るように願っている」と述べたという。実現すれば1981年のヨハネ・パウロ2世以来となる。…
09-14 10:33


09/13のツイートまとめ 

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洗礼の有無とは無関係に神は「信じる者」には必ず恩寵を与える。逆に、自由意志によって神を信じない者には神との関係性が成立しないため恩寵は存在しない。これは損得の問題ではなく、信じる者の認知体系においては恩寵という「意味」が対象に付与されている、ということである。
09-13 23:15

人は両親を敬えと言う。しかし聖書は親子の血ほど薄いものはなく、人は常に霊的な家族をこそ持つべきだとも教えている。両親は尊い。しかし人間である以上、不完全で未熟な存在だということは若年期の早い段階で理解しておいた方が良い。赤子は親を選ぶことはできない。
09-13 22:58

哲学者でも晩年に宗教的な転回を遂げる者もいれば、宗教家でも後に無神論に至る者もいる。私は家族で唯一、自らの意志によってカトリックで洗礼を受けた。この絆において私は「常に御父と御子キリストのおそばに」と、心の中で祈りながら旅立つ者でありたい。あと50年もすればその日は必ずやって来る。
09-13 22:53

人は死ぬ前に必ず、自分は人生で何をしてきたか、自分とは何であったかを神ないし自分自身に問われる瞬間というものを持っている。その時、人は自分が何を本当に信じてきたか、人生の各瞬間が全体としていかなる意味を持っていたのかを完全に理解する。
09-13 22:45

神の属性として最も重要なのは全能でも全知でもなく、一義性と美である。ただし神=美は持続しているため恒常性を持たない。換言すれば、美とはカントが規定したように自己破壊的な刷新力ないし絶えず再創造される力能を持っていなければならない。
09-13 22:23

あらゆるオブジェクトは全てが等価的に存在するのではない。宇宙に広がっている全てのオブジェクト(多)を発出し生産した特異点(一)があり、これは「原-オブジェクト」(archi-object)として全実在を潜勢的に格納している、と仮定される。この起源的オブジェクトが一神教における絶対者である。
09-13 22:09

アニミズムと一神教の関係を再考しよう。山の神、海の神といった準-超越は人間が出会う出来事の数だけ配置される。それは一から類生成的に分化した多数的な神々である。それらは全能でも全知でもないが部分的ないし欠如態において神の属性を分有する。
09-13 22:00


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