07/17のツイートまとめ 

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afterfinitude01

水色で描かれてるのは水流。現代の画家が未来の世界を空想的に描くのと同じで、たぶん想像でひとつの世界を描き出したんじゃないかな。やたらと入浴の場面が多い点、絵が子供っぽい点、文字もなんとなく装飾的な点から、当時のアールブリュット的… https://t.co/pYwsDM1iXT
07-17 17:55

息抜きに15世紀のヴォイニッチ手稿を眺めてたら、あることに気付いた。これ、たぶん入浴用のシャワーホースを当時の絵師(おそらくデッサンの修練を積んでいない無名の)が空想的に描いたものだ。 https://t.co/YrPdtK23YB
07-17 17:50

250枚
07-17 13:43


07/16のツイートまとめ 

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afterfinitude01

切り抜けた感ある。蓄積された資料の再構成を通して、自分にも未知な新しい文脈が生まれる瞬間——このリズムに伴う喜びのために私は今後も論文を継続する。
07-16 17:05

238枚
07-16 16:59

ネコ界の貴族はマッタリーノ・ネココンティかな。
07-16 13:59

最近、リス界にも貴族がいることを知った。その名もドングリーノ・リスコンティ。
07-16 13:57

RT @lunar_shirayuki: 『ピクニックatハンギング・ロック』のミステリアスな映像美は時折猛烈にまた観たくなる。ピーター・ウィアー監督はアーミッシュの母子を描いた『刑事ジョン・ブック 目撃者』も好きだけど、クラシカルな美しさが堪能できるのがいい。 https:…
07-16 06:19

RT @Situations01: 「『熊座』に流れる二本の糸の一つは小楽節を通じてのプルーストだ。ヴァントゥイユのソナタに影響を与えた作曲家の一人、セザール・フランクの前奏曲がこれを表す。他方はレオパルディの「追憶」。これは最も古いイタリアの建物と紛れもなく縁戚にある」P・ビ…
07-16 06:09

RT @Situations01: 「失落――これが常にヴィスコンティが暗示するシンボルである」P・ビアンキ「ヴィスコンティ美学の二つの顔」
07-16 06:09


07/15のツイートまとめ 

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afterfinitude01

これ、定式の意味を理解したらいろいろ芸術(恋愛?)に応用できると思うよ。clinamenについて知りたい人はGDHの『ニンファ・モデルナ』を推薦しておこうかな。
07-15 21:42

ヘルムート・バーガーを例にすれば、S——C——Hが成立する。すなわち、彼は美男子(S)から醜男(H)へと失墜したのであるから、ここでもヴィスコンティ的なクリナーメンが成立する。一般的にこれは「滑稽」と呼ばれる。
07-15 21:36

『ヴェニスに死す』の場合、例外的にN=Tとなる。すなわちアシェンバッハは美の感得の極致において肉体的に滅するのであるから、タジオは彼を美すなわち死へ導くCの放物線それ自身である。
07-15 21:28

N——C——T『山猫』の舞踏会はNの極大化であり、『熊座』のジャンニの自殺はTの極大化である。『夏の嵐』でも、公爵夫人の恋愛はNからTへとクリナーメンを描く。
07-15 21:24

ヴィスコンティの美学は以下のように定式化される。(C=clinamenとせよ)N——C——Tすなわち、S(美)とはN(優美)からT(悲愴)へのクリナーメンである。※Cをアリストテレスの『詩学』の文脈でメタバシスで表現しても良い。
07-15 21:20

息抜きに、ヴィスコンティの映画に共通して見られる美的原理を以下のように定式化しておくか。材料はまずデッソワーの美的範疇論。Schön(美)Niedlich(優美)Komisch(滑稽)Häβlich(醜)Tragisch… https://t.co/Tth0rdaxLN
07-15 21:14

例えば90年代デリダが西欧の不安を表現する時のスタイルは、やはり私の好みだな。地図上でヨーロッパはまるで小さな突起、いわばcapであり、ぶら下がった突起(ファルス)としてファロゴセントリズムに結び付くのだから、これを思考することは常にcapitalな問題である、という言葉遊び。
07-15 14:50

今日は彼のコレクションを狩猟しているけれど、やっぱり素晴らしいな。「来るべき民主主義」とほぼ同質的な内容の民主主義論をデリダより更に前から展開していたわけか。それも「行使」(民主主義と実践の不可分性)の価値にもしっかり言及するとい… https://t.co/DXjpuNW0dh
07-15 12:05

シュミットについては森政稔が述べるように現代でも積極的な読み直しの必要性が主張されている(デリダ、ムフ、デュットマン)。私の企図は彼の政治概念やランシエールの民主主義論を応用した上で、最終的に政治と倫理の可能性を再検討するというもの。
07-15 06:14

前掲書の文脈でいえば、民主主義の嗅覚というのは「概念」から「体験」が乖離したものであってはならないし、概念のみを先鋭化させてしまうことで結果的にいかなる政治的実践とも結び付かない閉域化を招く可能性があるということ。この点で、デリダの弱点を克服する意図を確かに感じる。
07-15 05:44

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07/14のツイートまとめ 

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afterfinitude01

RT @lunar_shirayuki: アルフォンソ・リンギス『変形する身体』 https://t.co/e79ZMiU5Dx
07-14 12:43

RT @lunar_shirayuki: ようやく涼しくなった https://t.co/NwVooZVsiS
07-14 12:42

ちなみに午前中はラリュエルを緩用しながらデリダにおける「倫理の秘教化」について加筆していた。
07-14 11:56

本論はこうした議論を踏まえつつ、デリダがどこまでも肯定しなかった国家主権の問題をシュミットがナチスに急接近する直前の20年代の著作群と比較しつつ、シュミット自身の政治概念をアネマリー・モルの「多重性」や多田の「自己免疫疾患」の文脈で再構成するものです。
07-14 11:53

デリダの政治概念——特に「来るべき民主主義」がいかに政治的に無力であり、実践なき倫理と化しているのかについては既にランシエールが先鞭をつけていますが、これについては宮﨑論文(『思想』No.1060)でランシエールへの応酬も展開されるなど、かなりラディカルな問題に繋がっています。
07-14 11:45

お察しの方もおられるでしょうが、ここ数ヶ月の私がずっとやっているのはデリダのいわゆる倫理的(政治的)転回以後についての論文です。とはいえ、デリダを擁護するためではなく、私が維持し得る最高の密度で容赦なく批判しているわけですが。
07-14 11:38

200枚を越えたところで、そろそろ情報も少しずつオープンにしていく頃合かな。
07-14 11:33

214枚
07-14 11:29

ちなみにドゥルーズが『シネマ』で注目していたのは、クレジットが流れる最初のドライブの場面だったな。私もあの時点で引き寄せられた。
07-14 08:04

『ヴィスコンティの美学』でも書いたけど、この作品が重要なのは原作に頼らずヴィスコンティ自身が原案(ソフォクレスをベースに)を書いたという点だけじゃなくて、総体としてヴィスコンティの作品を「一族の歴史」として再構成した時に、これがその終着地点に位置するから。ここに全てが集約される。
07-14 07:59

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07/10のツイートまとめ 

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afterfinitude01

@evii_by 私もなんだかそんな気がし始めています。ところで、バベル展関連でアップされてるキリストの絵、興味深いですね。ジェノヴァのマンディリオンを思い出しました。 https://t.co/PXQYr9pwFZ
07-10 22:27

@ryoku28 ここは鶴見緑地公園ですよ。マンションから歩いて小一時間の距離なので、ちょうど良いウォーキングになっています。りょっくん、もし大阪に来ることがあったらうちに遊びにおいで〜❗️
07-10 22:21

めっちゃいい汗かいた。ヒマワリ畑を目にした瞬間、思わず駆け寄っていくほど、自分がまだこの花に少年期の面影のようなものを感じていることに気付いた。今日の一番の収穫は、あの誰もいないヒマワリ畑に包まれたこと。
07-10 18:17

イスラエル https://t.co/mCC0yIX8qk
07-10 16:31

今はタイの庭園の木陰でひとやすみ🍃 https://t.co/vY1nM8phjE
07-10 16:07

ネパールの庭園 https://t.co/jBJy40OYFB
07-10 16:06

https://t.co/JIEagA8BOf
07-10 16:05

世界の庭園、これはたしかエジプト https://t.co/BurmXyKdea
07-10 16:05

https://t.co/kyZSbJAG6p
07-10 16:03

国連の記念コーナー https://t.co/flvUpaCcQJ
07-10 16:03

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